出典:ベタープレイス社 http://japan.betterplace.com/about/press_ev_090927/

前回、ベタープレイス社(以下、BP社)主宰の「EVタクシー試乗会ブロガーミーティング」参加報告を行いましたが、今回は、同社の提唱する「EVタクシー」のビジネスモデルについて、掘り下げてみたいと思います。

※その前に、昨年BP社が実施した環境省の実証実験に関して、環境省「地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ検討会自動車WG(第1回)」配付資料中にBP社から出されている報告書を見つけましたので、ご紹介しておきます。(今回の経産省の実証事業の概要説明も記載されています)

ベタープレイスの取り組みと環境省実証試験のご報告 [PDF 1,784KB]

EVタクシーのプロジェクトが目指すもの」の検証

最初に、BP社の「EVタクシープロジェクト特設サイト」-「このプロジェクトが目指すもの」に挙げられた文章を、①~④に分解して、再掲し、内容を吟味してみましょう。

① タクシーは一日平均16時間、走行距離は300kmと、とても長い時間、運行を続けます。

② このため、自家用車にして十数台分のCO2を排出します。タクシーをEV化できれば、効率よくCO2を削減することができるのです。

③ しかし、こんにちのバッテリー技術では、走行距離に制限があるため、営業時間中に数回、しかも数十分から数時間、バッテリーを交換しなければなりません。これでは、タクシー会社がCO2を削減できたとしても、営業効率を悪化させてしまいます。

④ それらを解決するのが、ベタープレイスが提唱するバッテリー交換です。ベタープレイスのバッテリー交換式電気自動車であれば、数分でフル充電されたバッテリーに交換して、また走り出すことができるので、充電のために営業時間を犠牲にすることなくタクシーをEV化できます。

このプロジェクトでは、バッテリー交換のインフラを導入することによって、営業効率を損なわない本格的なタクシーのEV化が、現在のバッテリー技術でも十分に実現可能であることを東京で立証しようという試みなのです。

【検証】

①について-タクシーの走行距離は本当に一日平均300kmか?

BP社は、タクシーの走行距離を一日平均300kmとしていますが、関東陸運局の「一般乗用旅客自動車運送事業の都県別、年度別実績推移」を見ると、平成20年度の東京都(特別区・武三交通圏)の実働一日当たりのタクシー走行距離は、257.1kmとなっています。

②について-本当にタクシーは自家用車の十数台分のCO2を排出するのか?

BP社が「自家用車にして十数台分のCO2を排出」すると主張する根拠は、「タクシーの延べ走行距離が自家用車の十数倍だから(BP社HP:環境への貢献)」ということですが、国土交通省の『「LPガス自動車燃費基準検討会」の設置について』は、平成14年時点の話ですが、「タクシー1台当たりの走行距離は自家用乗用車の約7倍」としています。

別の方法でも検証してみます。
平成20年度の東京都のタクシーの年間走行距離は、「①について」で得た数値から、257.1km × 365日 = 93841.5km となります。したがって、東京都内の自家用車の年間平均走行距離が分かれば、そこから東京都のタクシーが自家用車何台分のCO2を排出しているか分かります。しかし、残念ながら関東陸運局の統計データには、該当するようなデータが見つかりませんでした。
その代わりとして、国交省の「交通需要推計資料」の中に、2020年までの交通需要推計データが掲載されており、「走行台キロ推計結果」と「保有台数推計結果」の表より、2010年時点の乗用車1台当たりの年間推定走行距離を計算すると、約9758kmになりました。この2つの数字(93841.5と9758)を元にして考えると、2010年時点の東京都のタクシーは、自家用車の9.6倍(93841.5÷9758)のCO2を排出している計算となります。

②について-乗用車に占めるタクシー台数の割合は本当に2%くらいか?

東京都内のタクシーの乗用車に占める割合ですが、都内の道路を行き交う車を眺めていると、もっと多い気がしますし、ウィークエンドだけのドライバーや、東京都といっても特別区外を考えると、もっと少ない気もしたので調べてみました。
再度、関東運輸局の統計情報の「一般乗用旅客自動車運送事業の都県別、年度別実績推移」を見ると、平成20年度の東京都のタクシー車両数は、約37000台。一方、平成21年3月末現在の「<関東運輸局管内自動車保有車両数調べ」では、東京都のエリアの乗用車保有台数は、2,799,073台なので、タクシーの占める割合は、1.3%程度です。
※このほかに、平成20年度、東京都内で登録されているハイヤーが4081台あり、タクシー・ハイヤー合計の乗用車全体に占める割合を計算すると、1.5%弱になりますが、ハイヤー1台の一日平均走行距離は145.2kmなので、CO2排出量はタクシーほど多くありません。

したがって、①と②の検証結果より、平成20年度のデータで見る限りは、東京都の乗用車保有台数比では1.3%しかないタクシーをEV化すると、全乗用車の9.1% (1.3% × 7 = 9.1%) ~ 12.5% (1.3% × 9.6 = 12.5%) のCO2 を削減する-ということで、タクシー台数、CO2削減度とも、BP社の主張の約半分となりました。

③について-一日に何回EVバッテリーの交換が必要か?

現在、i-MiEVなども、カタログ性能上の航続距離は、160kmといわれていますが、実際には、「市街地走行で暖房を使用した場合で80km、冷房使用時が100km、冷暖房を使用しなければ120km程度しか走行できない(出典:webCG:三菱の電気自動車i-MiEVがついに市販化」とのことです。
従って、毎日、日中3回くらい充電(あるいは、フル充電されたバッテリーへの交換)が必要となり、「営業時間中に数回」というBP社の指摘どおりです。
※先日の「EVタクシー試乗会ブロガーミーティング」での説明によると、今回のEVタクシー実証事業でも、フル充電での走行距離は80kmと見ており、EV1台ごとに4台のバッテリーを用意しているとのことでした。

④について-バッテリー交換インフラですべての課題が解決するのか?

先日の「EVタクシー試乗会ブロガーミーティング」で見ていると、確かにバッテリー交換時間は1分弱、その前後の、EVバッテリー交換ステーションへの出入りの時間を入れても2分とかかりません。従って、従来EVの弱点とされていた「ガソリン車を満タンにするのと比べてEVの充電時間がかかりすぎる問題」はクリアしています。
ただ、気になったのは、交換された方のバッテリーです。交換されたバッテリーは、自動的に充電用のラックに移動させられ、約1時間で充電が完了すると、充電済みのラック位置に移動させられていたので、EVタクシーの実証事業では、日中、間歇的に50kW(EVバッテリー交換ステーションで使用している急速充電器1台の場合。2台のEVタクシーがほぼ同時にバッテリー交換した場合は100kWとなる)の電力需要が発生することになります。
将来すべてのタクシーがEVとなり、都内各地にEVバッテリー交換ステーションができたと仮定して、例えば、多くのEVタクシードライバーが、『まだ少しバッテリーに余裕があるけれども、昼食時間を利用して、充電しておこう』と考えて行動したりすると、結構、電力系統に負荷がかかる可能性があります。
極端ですが、都内37000台のEVタクシーが一斉にバッテリー交換すると、交換済みバッテリーの急速充電に1850MW(50KW × 37000)の電力が必要となり、100MW級の大型火力発電機18基以上を起動して対応する必要があります。すなわち、EVバッテリー交換ステーションのフロント業務のバッテリー交換は良いのですが、バックヤードの急速充電処理に関しては、検討が必要と思われます。しかも、スマートチャージ機能は役に立ちません。充電時間帯をずらせたのでは、電力系統には「やさしく」なりますが、タクシー業の営業効率に支障が出かねないので、他の方法を検討する必要があります。
一番簡単な対策として、EV1台当たりバッテリーをもう1セット(合計8つ)用意し、前日の夜間充電済みのEVバッテリーを当日EVタクシーの交換に使用し、当日交換した方のバッテリーは、即充電するのではなく、当日の夜間まとめて充電する方法が考えられます。

なぜタクシーにバッテリー交換EVなのか?」の検証

次に、BP社の「EVタクシープロジェクト特設サイト」の「なぜタクシーにバッテリー交換EVなのか?」に挙げられた文章を、⑤~⑦に分解して、再掲し、内容を吟味してみましょう。

⑤ CO2を削減できる:LPガスを燃料にする自動車から、電気自動車にすることで、CO2を削減。環境に貢献することができます。特に台数は少ないものの、一日中走り回るタクシーの排出するCO2はとても多いので、タクシーをEVにすることで効率よくCO2を削減できます。

⑥ エネルギーコストを削減できる:電気の価格はとても安く、化石燃料であるLPガスに比べて、エネルギーコストを削減できると考えられています。走行距離の多いタクシーであればタクシー会社にとって、よりエネルギーコストの削減が期待できます。

 

⑦ LPGステーションの老朽化:多くのLPガスのステーションは現在、耐用年数が近くなり、老朽化を迎えています。現在は、次世代のインフラを構築するのに、とてもよいタイミングなのです。

 

【検証】

⑤について-LPGタクシーと比べるとEVタクシーではどのくらいCO2を削減できるのか?

WIKIPEDIAで「LPG自動車」を見ると『一般的に排気ガスを減らす「クリーン」な燃料として広く使われている。ガソリンと比較した場合、CO2排出を約20%減少させることができる』とあります。
一方、電気自動車は、たとえ走行中CO2を排出しなくても、充電に利用した電気が石炭や石油炊きの火力発電所で作られたものならば、そこで多量のCO2を排出しています。例えば、石炭火力発電所のCO2排出量は975g-CO2/kWh(出典:電力中央研究所)なので、三菱自動車i-MiEVのカタログ性能「フル充電(16kWh)で160km走行」からkm当たりのCO2排出量を計算すると97.5g-CO2/km(975 × 16 ÷ 160)。
※実際には、CO2をほとんど排出しない原子力発電所や水力発電所などで作られる電気もあるので、電気自動車のCO2排出量は、これよりも少ないはず

これに対して、ガソリンの二酸化炭素排出係数は2320g-CO2/Lとされているので、燃費が10km/Lのガソリン車だと、232 g-CO2/km(2320 ÷ 10)。LPG自動車がガソリン車と比較して20%CO2排出量が少ないなら、186g-CO2/kmとなります。
※ インターネットで調べると、LPGタクシーの実質燃費は6~8kmという情報が多かったので、もっとCO2を排出しているのかもしれません

したがって、EVタクシーのCO2排出量はLPGタクシーの半分以下と考えてよさそうです。

⑥について-LPGタクシーとEVタクシーの経済性を比較する場合、エネルギーコストだけでよいのか?

まず気になるのは、自動車メーカーが、BP社のバッテリー交換仕様にあわせたEVタクシー仕様の電気自動車を設計・製造してくれるかどうかです。
BP社仕様のEVバッテリーに関しては、BP社がリースし、EV車体購入時のコストからバッテリー分の費用を安くする-というアイデアは良いのですが、自動車会社の協力が得られず、1台ごとに通常のガソリン車をBP社仕様のEVバッテリー交換が可能なように改造するのでは、EVタクシーの車体購入コストが高くなるのではないかと懸念します。

次に、EVバッテリーに関するBP社のリース費用がどうなるかも気にかかります。リース契約上は、EVタクシー1台につき、EVバッテリー1つと考えるのが自然ですが、③で確認したように、現在のバッテリー技術では(タクシーとして営業効率を優先する場合は特に)、EVタクシー1台につき、EVバッテリーを4つ必要とします。また、④で指摘したように、電力系統に悪影響を及ぼさないためには、一つの方策として2セット(8つ)のEVバッテリーを1台のEVタクシー用に用意する必要があります。BP社として、EVタクシーのリース契約ごとに8つのEVバッテリーを用意するとして、リース料はいくらに設定するかが問題です。LPGタクシーと比較する場合、充電時の電気代だけではなく、毎月のEVバッテリー・リース料も加えて考える必要があると思います。

⑦について-果たしてLPGステーションのオーナーがエネルギー充填インフラをLPGタクシーからEVタクシー用に入れ替えるか?

ここは、よく言われる、『ニワトリと卵』の問題で、世の中にBP社のEVバッテリー仕様のEVタクシーが増えないと、LPGスタンドのオーナーは、EVバッテリー交換所への移行を考えないでしょうし、タクシー会社としては、十分な数のEVバッテリー交換所ができあがらなければ、全面的にEVタクシーへの移行を進めるわけにはいきません。
ただし、駐車場のオーナーが、他の駐車場との差別化のために、EVバッテリー交換所を併設できるなら、夜間充電サービスと並行して駐車場の差別化要因として、協力してもらえる可能性があると思います。

【結論】

以下に、 今回ベタープレイス社のビジネスモデルを検証した結果をまとめました。

  • BP社のEVバッテリー交換ステーションは、タクシー業の営業効率を損なわないで、EVタクシー化によるCO2削減効果が期待できる (技術的にはOK)
  • ただし、CO2削減効果については、BP社の主張の約半分と見たほうが良い
  • 日中の急速充電による、電力系統への悪影響を避けるためには、例えばEVタクシー1台ごとにEVバッテリーを8台用意する必要があるが、BP社は、それでもリース・ビジネスとして採算が合うと考えているのかどうか疑問 (経済的にはOKか?)
  • EVタクシー実現の成否は、エネルギーコストだけではなく、ライフサイクルコストを見る必要があり、そこで重要なのは、自動車会社が、BP社のEVバッテリー交換仕様のEVタクシーを設計・製造してくれるかどうかと、EVバッテリー交換ステーションが実用レベルまで普及するかどうかにかかっている
  • LPGステーションのオーナーだけでなく、駐車場のオーナーが、EVバッテリー交換ステーションに興味を持つかどうかが、EVタクシー普及の決め手になるか?

終わり