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デマンドレスポンス(DR)実行結果の検針と検証(M&V)の標準について、ここまで内容を説明しないまま、言葉だけが先行してきました。今回は、DRアグリゲーターであるEnerNOC社の白書『デマンドレスポンスの基準(The Demand Response Baseline)』より、DRイベントを実行した結果の測定と、実際にどれほど需要が削減されたかの検証、すなわち、「DRのM&V」の基本的な考え方をご紹介しようと思います。

では、早速はじめましょう。例によって、全訳ではないことと、独自の解釈および補足/蛇足が混じっていることをご承知おきください。

白書:デマンドレスポンスの基準

 

デマンドレスポンス(DR)で気がかりなことがあるとすれば、以下の2点ではなかろうか:

 DRイベントを通知しても需要家は、需要削減してくれるのか?
 どうすれば、需要家が削減した需要量を正確に見積もれるのか?

本白書は、この2番目の問題について考えたものである。
これは、DRプログラムの設計者にとって、当初から頭の痛い問題だった。例えば、契約電力が100kWで負荷率100%、すなわち、24時間コンスタントに100kW電力を使用するような需要家で、DRイベント発生期間中の電力使用検針値が毎時80kWhなら、20%の負荷削減が行われていることが一目瞭然にわかる。しかし、そのように24時間一定して電気を使うような需要家はまず存在しない。通常、時刻によって電力使用量が変化し、かつ、同じように毎日電気を使う工場のような需要家であっても、その日の気温その他で需要パターンが変化するものである。したがって、DRイベント発生期間中、実際にどれだけ需要削減が行われたかの算定は、意外と難しく、これまでいろいろな方法が考案され、使われてきた。
NAESBが定めた「DRのM&V」の実務規格とは、卸売電力市場で使われている様々なDRプログラムで用いられているM&Vの考え方、計測方法を類型化して、DRプログラムカテゴリーごとに、適用可能な需要削減量推定方法を標準化したものである。

はじめに

DR実行結果の計測と検証(M&V)は、需要家がどれほどDR資源を提供したのかを明らかにするものである。その際、DRの「基準」があってこそ、どれほどDR資源が提供されたかを判断できるので、それは、電力系統にどれほどの価値を提供したかを決定する上で非常に重要な役割を担っている。更に、M&Vの結果次第でDRプログラムに参加する需要家の数が左右されるといっても過言ではない。その意味でも、DRのM&Vは非常に重要である。

現在、DRのM&Vを行うための多くの方法が考え出されているが、「もしDRイベントがなかったら、需要家の負荷はどうなっていたか?」というDRの基準に関する根本的な質問に胸を張って答えられる実績評価法は、実はそれほど多くはない。
2009年、FERCは進展途上にあるDRのM&Vの基準に対して関心を示し、「DRの可能性に関する評価(National Assessment of Demand Response Potential)」の報告書で、以下のように述べている:

• 負荷削減量を計測するための標準的な実務規格ができると、系統運用者はもっとDRプログラムを利用するようになるだろう
• その際、計測で最も問題となるのは、需要家ごとのベースライン、すなわち、もしDRイベントが発生していなければどれだけ電力を使用していたかという基準線である

NAESBは、FERCからDRのM&V基準を定めるよう求められ、まず、卸売電力取引市場で使われているDR関連の用語、DRプログラムの種類、およびそれらのDRプログラムでどのようにM&Vが行われているかを整理した。
本白書は、適切にDRのM&Vの基準を適用するため、NAESBで行われたDR関連用語の定義、DR M&Vに関する議論と提言を紹介するものである。

本白書を作成するに当たって、EnerNOCは、社内外の情報を用いた。

• まずは、上述の通り、NAESBがDRのM&Vに関するベースラインを調査・整理した結果についてレビューし、紹介する。
• 次に、自社(EnerNOC)の顧客データを用いて、異なるベースラインに関する考え方の長所・短所を定量分析した結果についても報告する。

本書は、DRの基礎的な入門書ではなく、DRのM&Vに使うベースラインの考え方・あり方に関して突っ込んだ議論をするためのたたき台を提供するものである。
なお、ここで議論されているベースラインの考え方は、大口商工業顧客(C&I customers)に適用されるものであり、一般家庭のDRプログラムと、そのベースラインは対象外なので、注意されたい。

本書は、以下の3つパートから構成されている。

パートⅠ:DRプログラムにおけるベースラインの役割およびDRイベントのタイミングを整理して、基本的なベースラインの例を示す
パートII:FERCが定義した5種類のベースラインの考え方を紹介する
パートⅢ:Ⅰ、Ⅱを踏まえ、DRのベースラインのあり方について徹底的な議論を行い、いくつかの提言を行う

本書の作成を通じて、我々は、良いベースライン設計には正確性、単純性、完全性の3つが重要であるとの認識に達した。結論から言うと、FERCが定義した5種類のべースラインのどれをとっても完ぺきなものはないが、これら3つのバランスが取れているベースラインは、明らかにバランスの取れていないベースラインより良いということが言える。

1.DRとそのベースラインの基礎

 DRプログラムの種類

DRとは、電気料金をダイナミックに変化させることで、料金の高い時間帯の電力消費量を減らすように消費者を仕向けたり、あらかじめDRイベント発生時に電力消費を削減する見返りとして奨励金を渡しておくことで、DRイベント発生時、消費者が使う電力を通常使う電力量より削減させたりする試みである。
現在、卸売電力市場で使われているDRプログラムにも、様々な種類がある。
ピーク時の負荷削減のためにピーク時間帯の電気料金をダイナミックに変更するものだけでなく、いくつかの電力会社のDRプログラムでは、電力会社が直接顧客と削減計画を立て、計画に則って粛々と需要削減が実行される。さらに、DRアグリゲーターが仲介役として介在し、DRに協力する消費者を集めるとともに、消費者の電力削減に責任を持つタイプのものがある。このタイプのDRプログラムは、(系統運用者や電力会社等)DRプログラム主催者から見ると、DR資源調達と電源調達の違いはほとんどないが、DRアグリゲーターと需要家間では、需要家ごとに(直接制御やダイナミックプライシング等)異なるDRプログラムが採用されている可能性もある。

DRプログラムにはいくつかのインセンティブ制度があるが、制度ばかりではなくその目的も異なっている。
インセンティブ制度には、大きく、①DR資源として提供可能なキャパシティ(電力:kW)に対して対価を払う制度と、②DR資源として実際に提供するエネルギー(電力量:kWh)に対して対価を払う制度ある。
①は、電力需要の急騰や、発電機トラブルなどで系統が逼迫し、そのままでは停電が起きかねない場合に備えて、いつでも協力できるよう需要家にスタンバイしてもらう目的で実施するものである。
これに対して、②は、発電事業者から電力調達を行う代わりに、DRイベント期間中に、DR資源を調達する(すなわち負荷を削減する)目的で実施するものである。
インセンティブ型のDRプログラムでは、需要家の参加を促すため、このような支払いを行う。
ダイナミックプライシングを採用した価格変動型DRプログラムも、DR資源を調達する目的で実施されるDRプログラムではあるが、調達したDR資源に対応する対価を支払うのではなく、オフピーク時間帯の電気料金を下げる(その代わり、クリティカルピーク時間帯の電気料金を飛躍的に高く設定する)ことをインセンティブとしている点で②とは異なったDRプログラムということができる。

 なぜベースラインが重要か

消費者がどれほど負荷削減に協力してくれるかがDRプログラムにとって肝要である。そのためには、負荷削減量を正確に計測できる信頼できるシステムが求められる。この理由から、DR のM&Vは、どのようなDRプログラムであっても必須要素となっている。ベースラインは、DRイベント期間中にどれほど負荷削減ができたかを計測する主要ツールなのである。

ところで、ベースラインとは、DRイベントがなかったら顧客がどれほど電力を消費していたかという推定値である。
ベースラインに基づいてDR資源がどれほど提供されたかが測定できるというのに、ベースラインとは、事実ではない(counter-factual)理論的な値、推定値に過ぎないのである。したがって、消費者、DRアグリゲーター、電力会社、系統運用者等、利害関係者すべてに納得のいくベースラインの考え方が求められる。

推定値に完璧なものはありえないが、現在卸売電力市場の複数のDRプログラムで採用されているベースラインを比較検討してみると、他のDRプログラムのベースラインより優れたものや、特定の顧客タイプ向けの特定のDRプログラムのベースラインとしては非常によくできたものが見受けられた。弊社の経験では、ベースラインの考え方を評価する上で、正確性、単純性、完全性のバランスが取れているかどうかが非常に重要であることが分かっている。

正確性:顧客が実際に提供したDR資源量(負荷削減量)が、それ以上でも、それ以下でもなく、正確に認識されるのがベストである。したがって、ベースロード算定ロジックは、入手可能なデータに基づいて、もしDRイベントが発生しなかった場合の負荷の予測値をできるだけ正確にはじき出す必要がある。

単純性:ベースラインは、エンドユーザを含め、すべての利害関係者が容易に理解でき、負荷削減量の計算が簡単で、ベースラインの生成も容易に行える単純なものでなければならない。更に、事前にどれだけ負荷削減できそうか、あるいはDRイベント期間中、実際にどれくらい負荷削減できているか簡単に計算できなければならない。

完全性:ベースライン算定ロジックには、顧客がわざと不規則な負荷を作り出すことでベースラインが歪曲されない、更には、それによって実際以上のDR資源を提供したような過大評価にならない完全性が求められる。

ベースライン算定に関する不正が入り込まないよう、正確性・完全性に気を使いすぎると非常に複雑で使いづらいものになり、逆に、単純過ぎると、市場参加者が自分に有利なベースラインとなるような不正を許すことになるので、これら3つの特性のバランスをとることが重要である。

 ベースラインの基礎

需要家の業種その他により多くの種類のベースラインが存在しえるが、NAESBがその整理を行い、FERCによってオーソライズされた基本構造が既に存在する。DR実行結果の計測と検証(M&V)に関して、どのようにベースラインを作り、どう適用したらよいのかが既に決められているのである。

図1には、NAESB作成したDRイベントに係わる種々のタイムフレームが示されているが、まず最初に、通知には2つのタイプがあることに注目して欲しい。
1つは、DRを利用しなければならない事象が起きる、あるいは起きそうなことがあらかじめ予想できた場合で、電力会社あるいは系統運用者は顧客やDRアグリゲーターに事前通告を行う。
もう1つは、DRを利用しなければならない事態の発生が確実となった場合で、電力会社あるいは系統運用者は必要となった時点でDRイベントの開始を通告する。

負荷削減に関して、DRイベントは、3つのフェーズから構成されている:

フェーズ 1(起動期間):DRイベントが始まり、需要家側では負荷削減を開始。DRプログラムによっては、需要家毎に負荷削減量が指定されるので、指定された負荷削減量に達するまでが起動期間である。

フェーズ 2(負荷削減維持期間):DRプログラムによっては、DRイベント通知後定められた時間内に指定された負荷削減量を実現し、以降、解除指令が届くまで、その負荷削減量を維持しなければならない。その期間が負荷削減維持期間である。

フェーズ 3(回復期間):負荷削減の必要な期間が終了し、需要家が通常負荷に戻るまでが回復期間である。

図.1 DRイベントのタイミング

 ベースラインの基本

ベースラインとは、もしDRイベントが発生していなかったら需要家がどのように電気を使っていたかを示すものである。DRイベント期間中、実際にメーターで計測した値と、そのベースラインを比較することで、負荷削減量が計算される。
以下では、図.2を用いて、DRプログラムの実績評価法を例で示す。
まず、需要家は、DRプログラムに登録する際、電気の使い方や負荷削減の仕方をDRサービス提供者と協議して、DRイベント時に提供できるDR資源量を定める。過去の電力需要実績などから需要家のベースライン(図.2の青線)を定め、協議で定めた負荷削減量をもとにセカンドライン(図.2の紫線)を引く。

図.2 DRベースラインの例

図.2の例では、DRイベント開始が午前11:00で、需要家は、負荷削減を開始。12時が約束した負荷削減量を実行するタイムリミットである。
負荷削減実績は、実際にメーターで計測した値(図.2の緑線)とセカンドラインの比較により追跡することができる。
この例では、DRイベント期間中、実際のメーター計測値が一貫して約束した負荷削減量(セカンドライン)未満だったので、負荷削減義務を見事にクリアしていることがわかる。

以上、今回は、EnerNOC社の白書:「デマンドレスポンスの基準」から、DRのベースラインについての考え方をご紹介しました。

DRプログラムを考えるのは簡単ですが、
•  もしDRイベントが発生しなかったとしたら発生したであろう電力需要量をどのように考えるのか?
• 事前通知型のCPPのようなケースで、事前通知されたDRイベント開始時刻直前にわざと需要を高くしておいて、需要削減量を水増し請求するような悪徳需要家にどう対応すればよいか?
等、いざDRプログラムを実運用させようとすると、いろいろ考えなければならない問題がある(あった)ということですね。

次回は、同じくEonerNOCの白書から、NAESBが整理し、FERCが法制化した5種類のベースラインについて解説したいと思います。

終わり