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国際標準規格のお話の続きです。
スマートグリッドに関連する国際規格のお話の延長戦として、少し古いですが、2006年版METERING INTERNATIONAL Edition3に、今回のタイトルにした『IEC 61850 – A new standard that will change the industry』という記事を見つけました。
そこで、前回ご紹介したスマートグリッドに関連する国際規格のうち、IEC61850に関して、もう少し深掘りしてみたいと思います。

DLMS/COSEMは、使用した電力量を計測するために定められた、この業界で古くからある標準ですが、IEC61850は、タイトルにあるように、新たに制定された標準で、(少なくともヨーロッパでは)今後スマートグリッドに関する標準の中核となるものではないかと思われます。
今回見つけた記事は、IEC61850のスコープと基本概念をコンパクトに説明しているので、紹介するには、うってつけではないかと思います。では、はじめましょう:

IEC61850は世界標準規格で、公開以来、全世界で数百箇所の変電所が、この規格に基づいて構築されている。
本規格は、元来変電所内で使われる、多数のベンダーが提供するインテリジェントな電子装置(IED:Intelligent Eectronic Device)間の情報交換を標準化し、相互運用を達成するために制定されたものである。しかしながら、この規格で使用されている概念は、総括的で、電力産業の他の領域にも十分摘要できる。したがって、本規格は電力系統の運用管理におけるグローバルな通信基盤になる可能性がある。ここでは、国際標準規格IEC61850の範囲と基本概念を紹介する。

本規格は、通信プロトコルとそのサービスについて規定しているばかりでなく、システム設定情報を交換するためのアプリケーションの情報モデル、および、標準化された、XMLベースの言語を含む14のパートから構成されている。
通信サービスに関して言うと、本規格は、変電所の自動化を支援するため、従来伝統的に使われてきたプロトコル以上のものを規定している。例えば、センサーからのデータストリームとして標本値を送信するサービスがあり、光電流センサーの接続を可能とすることで電源計器用変圧器を保護することができる。また、デジタルインタフェースで計測装置と接続することができる。
初版はすでに公開され、多くのプロジェクトで既に使用されているが、標準化団体では、第2版公開に向けて、本規格の拡張に取り組んでいる。その中には、以下のような新たなアプリケーションドメインの情報モデルを含んでいる:

● 電力品質の計測
● 風力発電制御
● 分散型エネルギー資源の制御
● 水力発電プラントの制御

IEC61850の概要


図1拡大

国際標準規格IEC61850は図1に例示するように14のパートから構成されている。 パート1から5までが一般的な要件、パート10が規格への適合試験の記述で、その他のパートが、本規格の仕様本体となっている。


図2拡大

IEC61850で定義される仕様は、図2のような階層構造を形成している。
最上位のパート7-3と7-4は、変電所の装置の情報モデルの規定で、回路遮断機や計器用変圧器のような主要機器のモデルの他、保護や計量のような他の機能のための情報モデルを含んでいる。
中間層のパート7-2は、どのような通信プロトコルからも独立した抽象的な形式で、情報交換と、それに関連した通信サービスが規定しており、アブストラクト通信サービスインタフェース(ACSI)と呼ばれる。
最下層のパート8-xおよび9-xは、IEC61850-7-2のサービスを利用して、IEC61850-7-3および-7-4で指定された情報を送信するために、実際の通信プロトコルがどのように使用されるかを明示している。IEC61850の用語上、これは「特定通信サービスへの写像」(SCSM)と呼ばれている。このようなアプローチを採用することにより、将来どのような新しい通信技術が出てきても、情報モデル全体および情報交換モデルに影響を及ぼさずに、容易に新技術を追加することができる。

情報モデルの概念

情報モデルのコア要素は、論理ノードである。論理ノードは、機能に関連するデータのコンテナと考えることができる。論理ノードのクラス名には、4文字の標準化された名前がつく。基本的に、2種類の論理的ノードが、存在する:
● 高電圧設備に関する情報を表わす論理ノード
例えば、例えば回路遮断器(XCBR)や変流器(TCTR)。これらの論理ノードは、設備と変電所自動化システムの間のインターフェースを規定している。
変電所の自動化機能に関する情報を表わす論理ノード
例えば、距離保護(PDIS)や測定単位(MMXU)。


図3拡大

測定情報の獲得にかかわる論理ノードの例を図3に示した。
赤の論理ノード
TCTRは変流器の論理ノード、TVTRは計器用変圧器の論理ノードをあらわしている。なお、論理ノードは単相での電流・電圧の取り扱いを規定するので、三相交流の場合、TCTRおよびTVTRがそれぞれ3つ必要である。(図では、各相をA_、B_、C_のプレフィックスで区別している)
論理ノードTCTRおよびTVTRは、計測された波形データ(Sampled Values)を出力する。

● 緑の論理ノード
変電所自動化機能を表すいくつかの論理ノードが、その波形データを使用する。図3中には、波形データを元にしてRMS値を計算する計測装置(MMXU)、高調波を計算するMHAI、電圧シーケンスを計算するMSQI、特定の保護機能を表すPxxx、同期チェックを行うRSYN、アナログチャネルに対応するRADRの論理ノードが描かれている。

情報交換と通信プロトコル

IEC61850-7-2で定義された主要な情報交換モデルは、以下の局面で使用される:
①データの読み書き
②装置の制御
③イベント発生時のレポート
④GOOSE(generic object oriented system event:一般のオブジェクト指向システムイベント)を他のIEDに配信
⑤アナログ波形のデジタルサンプリング値の送信

①~③の3つの情報交換モデルは、クライアント-サーバー関係に基づいたもので、サーバーの情報をクライアントがアクセスするモデルである。
①のデータ読み書きサービスのモデルは、データまたはデータ属性にアクセスするために利用される。これらのサービスは配置属性を読み、変更するためによく利用される。
②の制御サービスのモデルは、書き込みサービスの特殊形で、開閉器を制御して、回路を遮断するような場合に用いられる。
③のレポートのモデルは、イベント駆動型の情報交換に用いられるもので、データの値が変更されると自動的に伝えられる。
④と⑤の情報交換モデルは、近年Webサービスでの標準的な仕様となっているpublisher/subscriberのコンセプトに基づくもので、IEC61850では、この概念をピアツーピア通信と呼んでおり、スピードが重視される情報交換で使われる。
情報ソースを持つ装置が、その情報をpublishし、その情報を欲しい装置は、subscribeする。この情報交換モデルでは、マルチキャスト通信が使われ、特定の1つの受信者に情報を渡すことはしない。GOOSEは迅速に多数の装置にステータス情報を送信するモデルで、送達確認を取る代わりに情報交換を規則的に繰り返す。

デジタル通信を使用して、波形を送信する必要がある場合、標本値の送信のためのモデルが使用される。情報元の装置では、波形は固定サンプリング周波数でサンプリングされ、その標本値はサンプリング時間のカウンタでタグ付けされて通信ネットワーク上に流される。この情報交換モデルでは、同期サンプリング、すなわち受信側の装置と送信側の装置が同期してサンプリングしていることを前提としているので、カウンタの値を用いて、他の装置から送られた標本値と、同時刻の自分自身の装置の標本値を対応付けられる。このアプローチの利点は、装置間で到達する時間が変化しても、そのための何らかの対応なしで、同一時間の標本値を比較できることである。
IEC61850-7-2における、この標本値アプリケーション向け送信の情報交換モデルはかなりフレキシブルである。 1メッセージに含まれるデータ種別、1つのメッセージに含まれる標本値の数、サンプリングレートすべてが構成変更可能になっている。 ただし、その将来の拡張に備えた柔軟性ゆえに、構成を複雑にしている。そこで、UCAユーザのグループは、IEC 61850-9-2を使用して、計器用変圧器とのディジタル・インターフェース用の実装ガイドラインを準備した。以下は、実装ガイドラインで定義された項目である:

データセットは、三相それぞれおよび中性点の電圧・電流情報から構成される
● サンプリングレート、および1つのメッセージ内の標本値の数に関して2つのオプションがある。最初のオプションは一定期間当たり80標本値採取可能なサンプリングレート向けで、標本値一式が、毎回メッセージで送られる。第2のオプションは、一定期間当たり256標本値採取可能なサンプリングレート向けで、1つのメッセージには、採取した標本値一式8つ分が①メッセージとして送られる。最初のオプションは、保護アプリケーション向け、2番目は、電力品質計測向けに考案された
● アナログの電流・電圧を標本値にする際のスケールファクタの仕様を含む、“目盛付き”整数値の使用

IEC61850では、新しい通信プロトコルを定義せず、既存のプロトコルを使用する。それらのプロトコルをどう使用するかは特定のマッピング(IEC61850-8-1、IEC61850-9-1、およびIEC61850-9-2)で定義している。このマッピングで、IEC 61850-7-2による抽象的な情報交換モデルとサービスが、どのように、使用される通信プロトコルのモデルとサービスを利用して実行されるかについて定めたのである。
現在IEC61850は、クライアント・サーバーサービスのマッピングとPublisher/Subscriberサービスのマッピングを別個に定義している。 クライアント・サーバーサービスは、MMSとTCP/IPを使用することで完全な7層のコミュニケーションスタックを使用する。 それに対して、Publisher/Subscriberサービスでは、階層を簡略化し、基本的に、特定の標準化されたEtherTypesで、イーサネットのリンクレイヤに直接アクセスする。

クライアント・サーバーベースのサービスは以下の通信プロトコルを使用する:

● アプリケーション層:MMS[ISO 9506]およびACSE[ISO/IEC 8649およびISO/IEC 8650]。
● プレゼンテーション層:接続形態に応じた形式[ISO/IEC 8824-1およびISO/IEC 8825-1]。ASN.1 バイナリ変換規則 (BER) [ISO/IEC 8822およびIEC/ISO 8823-1]。
● セッション層:コネクションオリエンティドセッション[ISO/IEC 8326とISO/IEC 8327-1]。
● トランスポート層:ICP[RFC1006]、インターネット・コントロール・メッセージ・プロトコル(ICMP)[RFC 792]および転送管理プロトコル(TCP)[RFC 793]の上のISO送信。
● ネットワーク層:インターネット・プロトコル[RFC 791]およびアドレス解決プロトコル(ARP)[RFC 826]。
● データ・リンク層:イーサネット[RFC 894]およびCDMA/CD[ISO/IEC 8802-3]の上のIPデータグラムの送信。
● 物理層:10Base-T/100Base-Tまたは光ファイバー100Base-FX[ISO/IEC 8802-3]。
ただし、Publisher/Subscriberサービスでは、以下の通信プロトコルを使う
● プレゼンテーション層:ASN.1 バイナリ変換規則 (BER)[ISO/IEC 8824-1およびISO/IEC 8825-1]。
● データ・リンク層:優先権タグ付け/VLANおよびCDMA/CD[IEEE 802.1QおよびISO/IEC 8802-3]。
● 物理層:10Base-T/100Base-Tあるいは光ファイバー100Base-FX [ISO/IEC 8802-3]。

IEC61850ベースのシステム構成


図4拡大

IEC61850-6では変電所構成言語(SCL)を定義している。このSCLの一番の目的は、ツール間で設定情報を交換するのに使用できるファイル形式を定義することである。図4に、その際の原則を示している。SCLは変電所の設計、製造、試運転まで全ライフサイクルをサポートするもので、変電所の形式的な仕様を論理ノードの単線図と機能で記述するシステム仕様記述(SSDファイル)、変電所自動化システム実装に使われるIEDの論理ノードとサポートされる通信サービスの機能を表すIED機能記述(ICDファイル)がある。このSSDファイルとICDファイルをシステム構成ツールへインプットすることにより、デザインが完成し、新しい変電所の構築が可能となる。
具体的には、システム構成ツールは、変電所の構築のための完全な配置情報を含む変電所構成記述(SCDファイル)を出力する。IED構成ツールは、このSCDファイルと、追加IED特定の情報をもとにして、個々のIED構築用の構成が作成される。

結論

IEC61850は、そのオープンスタンダードコンセプトのおかげで、多数の領域に適用することができる真実の国際基準規格となっている。そこで、変電所ばかりでなく、いくつかのIECのワーキンググループは、風力発電産業、水力発電プラントおよび分散型エネルギー資源を定義するためにIEC61850の概念を使用しており、今後も多くの領域への摘要が予想されている。
IEC61850は、将来にわたってマルチベンダーシステムの相互運用性を支援する国際標準規格なので、ベンダー、エンドユーザーは、ともに、この標準規格を用いることでデザインを最適化し、かつ、システムのライフサイクルコストを下げることができる。したがって、今日使われている既存技術へのすばらしい代替手段である。

いかがでしたでしょうか?私自身は、これまでITでもソフトウェア側からしかものを見ることができず、スマートメーターといっても、AMIとMDMとのインタフェースぐらいまでがテリトリーでした。
したがってDLMS/COSEM(IEC62056)や、今回のIEC61850は、これまで深く足を踏み入れたことのない世界なのですが、特にIEC61850は、図4にあるとおり、底辺にTCP/IPがあり、上位層も、通常のIT分野で今流行のSOA/Webサービスと等価な世界が広がりつつあるということだと思います。
送配電システムというと、重電メーカーしか手の出せない分野の気がしました(確かにそのような部分は今でもあります)が、スマートグリッドの世界に入って、グリッド側からITの世界にずいぶん歩み寄ってくれたおかげで、“IT屋”でも手の出せそうな範囲が広がってきたということでしょうね。