- デマンドレスポンスの生い立ち -


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ここしばらく日本版スマートグリッドの行方を見てきましたが、2020年までの絵姿が見えてきたので、もう一度海外のスマートグリッド状況のリサーチに戻りたいと思います。

今回は、日本ではなかなか出番が回ってこなさそうなデマンドレスポンス(以降、DRと略)が、海外では、いつごろ、どのような形で出てきたのか調べてみました。

では、はじめます。

いつごろからDRという言葉が使われだしたのか?

電力中央研究所(以降、電中研と略)から平成18年5月に出された報告書「米国における需要反応プログラムの実態と課題」(報告書番号: Y05028)によると、米国の一部の地域では,2000 年以降から需要反応プログラム(Demand Response Program:DRP)と呼ばれる制度が導入され出したようです。
このDRPは、需要の価格弾力性を活用することで需要を抑制するものであり、従来のデマンドサイドマネジメント(DSM)とは、主に卸電力市場の存在を前提にしている点で異なっているとのこと。
具体的には、米国の独立系統運用者(Independent System Operator:ISO=日本では電力会社の中央給電指令所相当)が実施するプログラムで、大きく2つに分かれます。

1) 信頼度プログラム(Reliability Program)

ISOが、運転予備力が不足しそうな状況に応じて、大口需要家あるいは予備電源を持つ発電事業者に対して、負荷遮断/予備電源起動の指示を出すプログラム
※日本での大口需要家に対する随時調整契約は、これに相当すると思われます

2) 経済プログラム(Economic Program)

大口需要家や電力小売事業者は、卸電力市場メカニズムを用いて、万一系統運用時に供給不足が生じた場合削減できる需要量と、需要を削減した場合の報酬額を入札しておく。ISOは、需給が逼迫すると、調達価格の安い大口需要家や電力小売事業者から必要な電力削減量分の「電力調達」を行い、系統の電力供給不足を回避する

この、経済プログラムに参加した電力小売事業者は、供給量を調整する方策として、需要反応プログラムに対応する最終需要家向けの料金メニューを新たに考案しました。主なものは以下のとおりです。

リアルタイム料金(Real-Time Pricing:RTP)

典型的には1時間ごとに電気料金が異なり、一日前や数時間前にその電力価格が需要家に通知される
※米国では、2003年時点で49の電気事業者が選択的なRTPを提供している

緊急ピーク時間帯料金(Critical-Peak Pricing:CPP)

一日を3つの区間(ピーク、オフピーク、ミッドピーク)に分けた従来型の時間帯別料金(Time of Use:TOU)に加えて、年間で数回、需給が特に逼迫することが予見されるピーク時間帯に、更に高い料金を適用するもの

需要買戻し(Demand Buyback)

電力小売事業者からの、特定の時間帯の需要削減要求に応じて、需要家が需要を削減するもので、買い戻し単価は卸電力所の価格などと連動する
※DRの ピーク時間帯リベート料金(Peak Time Rebate:PTR)に相当

DRPは、卸電力市場における価格スパイクの抑制や供給信頼度の向上などの効果を期待して導入されたものですが、以上のとおり、スマートグリッドという言葉が世に出るはるか以前に、デマンドレスポンスの仕組みが出来上がっていたことが分かります。

では、まだスマートグリッドも、双方向通信可能なスマートメーターもない当時、デマンドレスポンスは、どのような形で実現されていたのでしょうか?

当時、どのような形でDRが実現されたのか?

SMUDのPeak Corps

2007年5月のSMUDニュースリリース「SMUD gets more aggressive on energy efficiency」によると、カリフォルニア州サクラメントを本拠とする公益企業のSMUD(Sacramento Municipal Utility District)は、1970年代、一般家庭向けにPeak Corpsと呼ばれるプログラムをスタートさせています。
カリフォルニア州で行われているDRプログラムの一覧表:California Demand Response Programsの5ページの記述によると、Peak Corpsのプログラムに参加した家庭のエアコンの室外機には、コンプレッサーの動作を制御する装置が付けられ、その制御装置に対して、SMUDからラジオ電波を用いて制御信号を送り、需要削減制御を行っているようです。


SMUD資料:「Demand Response at SMUD」を元に作成

※デマンドレスポンスとして紹介されていますが、需要家が積極的に省エネに参加しないのと、双方向通信が使われていないので、前々回の弊社ブログでのDR/DSMの定義からすると、一般家庭向けDSMサービスの1つと考えた方が良さそうです。

Gulf PowerのGoodCents Select

Gulf Power社のHP:About Us-Background によると、同社はフロリダ州北西部の約43万世帯に電力供給を行っている会社で、現在はEnergy Selectと呼ばれる一般家庭向けDRサービスを提供しています。
しかし、2000年9月21日付けのBusiness Wireの記事「Gulf Power Taps Comverge, Honeywell and EnerTouch toBring Customer Choice to Energy Buying.」および、ヒューレットパッカード社の報告書「Hewlett Fundation Report Appendex B」の情報をあわせると、

  • ガルフパワー社は、1991~1994年「TranstexT Advanced Energy Management」と呼ばれる一般家庭向け省エネ実証実験を実施
  • この実証実験で、夏季2kW、冬季2.9kWのピーク需要抑制効果が確認できたので、ガルフパワー社はフロリダ州の規制機関に正式サービス化の申請を行い、認可されたが、実証実験システム作成担当会社が倒産
  • 2000年、ハネウェル社は、HVAC産業用遠隔制御通信標準(EnviracomTM Environmental Control Communication Network )を公開、低コストで一般家庭のエアコンなどを遠隔制御するスマートサーモスタットを提供開始
  • >コンバージ(Comverge)社の双方向通信ホームゲートウェイ・ソリューションMainGateを用いて、上記の実証実験と同等のサービスが可能となり、ガルフパワー社は、2000年からGoodCents Selectという名前でのサービスを開始

だいたい、このような経緯で、一般家庭向けの双方向通信を利用したDRプログラムを商用化しています。
サービス開始当初のシステムは、下図にあるように、DRシグナルのような電力会社からのデータは、VHF帯の電波をMainGateが受け、検針値のような上りのデータは、MainGateを経由して電話回線を使って電力会社側に送られます。また、スマートサーモスタットとエアコンの室外機、プール用のポンプ、給湯ボイラと、MainGateはPLCで繋がっています。


NAVIGANT Consulting「Blueprint for Demand Response in Ontario」13ページを元に作成  拡大表示

この仕組みで、下図のとおり、見事にCPPによるピーク電力需要抑制を実現しています。


出典:California Energy Commission 「Joint CEC/CPUC Proceeding on Advanced Meters, Dynamic Pricing, and Demand Response in California」  拡大表示

※上図左のグラフは、日曜から土曜まで1週間の時間帯別電気料金を示しており、緑の折れ線の高さが、オフピーク、ミドルピーク、オンピークの電気料金、水曜と木曜の赤い線の高さCPP料金で、オンピーク料金の3倍に設定されていることが分かります。その結果、上図右側の2つのグラフが示すようにCPPの時間帯の電力需要が見事に抑制されています。

ガルフパワー社は、その後、このGoodCents Selectプログラムを自社のサービスだけにとどめないで、他の電力会社向けの別事業として独立させ、今では北米の電力会社150社に対してDRをサービス提供しているようです。

いかがでしたでしょうか?

DRは、ほとんどの場合、スマートメーター/スマートグリッドと同時に語られるので、比較的新しい「試み」であるというような印象を持たれている方が多いのではないかと思います。

しかし、以前、弊社ブログで元祖「モノのインターネット」を調べていくと、インターネットが普及するより前の、坂村健先生の「どこでもコンピュータ」に行き着いたように、元祖DRは、スマートグリッドよりずっと前、2000年には「GoodCents Select」というサービスとして商用化されていることが分かりました。
もっと時間をかけていろいろ探せば、あるいは更に昔に同じようなサービスを実施し始めた電力会社が見つかるかも知れませんが、Googleで調べたかぎり、ガルフパワー社のサービスを、元祖DRと認定して良さそうです。

そして、更にその元をたどれば、ISOが、特異日の卸電力取引価格のスパイク回避策として始めた需要反応プログラム(DRP)に行き着きました。
DRPでは電力を供給する側ではなく、購入する立場にある小売電力事業者が考え出したDRが、今や米国ではスマートグリッドの必需品として脚光を浴びている-というのが現状のようです。

なお、ガルフパワー社は、DRサービスを開始するまでの電気料金設定から、「スマートメーターの設置」、DR運用ノウハウまでをパッケージ化し、他の電力会社に提供してていますが、当時の経営陣のビジネスセンスには感心させられます。

以上、今回は、デマンドレスポンスの生い立ちをご紹介しました。

終わり