The East lighthouse on the River Nene

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さる7月30日、「Automated Demand Response (ADR) Vendor Update」と題するワークショップが、サンフランシスコのPG&E Pacific Energy Centerにおいて開催されました。
これは、カリフォルニア州の3大私営電力会社の1つであるPG&E(Pacific Gas & Electric Company)にて新たに開始される、OpenADR2.0ベースの自動デマンドレスポンス(ADR)のインセンティブプログラム(参加奨励制度)のベンダー向け説明会でした。
今回は、そのワークショップで説明されたPG&EのADRインセンティブプログラムをご紹介するとともに、ADRインセンティブプログラムへの参加者向けにPG&Eが提供するDRプログラムの概要を説明し、更に、PG&EがADRを実運用するにあたって非常に重要な役割を果たすDCT(DRAS Client Technician)についてご紹介したいと思います。

今回の内容については、インプレスSmartGridニューズレターにも寄稿させていただきましたが、紙数に制限があったため、入手した絵を含め、更に詳しくご紹介します。

では、はじめます。

1.ADRのインセンティブプログラムとは?

自動デマンドレスポンス(ADR)を実施するためには、DRイベント通知を行うDRサーバと、DRイベント通知に基づいて負荷削減行動をとるDRクライアントで共通のプロトコルを用いる必要があります。PG&Eでは以前からADRを実施しており、それには米国ローレンスバークレー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory:LBNL)が2002年に概念設計を行い、その後カリフォルニア州のADR実証フィールドでPG&EやAkuacom社(現Honeywell社)等が洗練化・詳細化を実施してきたOpenADR1.0が使われてきています。
このブログでお伝えしてきたように、OpenADR2.0は、OpenADR1.0をベースとしながらも、カリフォルニアローカル色を払拭し、国際標準を目指すOpenADRアライアンス主導(もちろんPG&Eも、アライアンスの強力なメンバーですが)のADRプロトコルで、単純にOpenADR1.0を機能アップしたようなものではありません。
逆に、昨年8月公開されたOpenADR2.0aの機能は、実はOpenADR1.0と大差のないものでしたので、PG&Eとして、すぐにOpenADR2.0aを採用するメリットを感じなかったのではないでしょうか? その点、OpenADR2.0bは、OpenADR2.0aと違い、価格反応型以外のADRにも対応し、アンシラリーサービス型DRに対応することも考慮に入れたプロトコルとなっていますので、OpenADR2.0対応とすることを決定したのではないかと想像しています。
ただし、PG&EのDRサーバであるDRAS(Demand Response Automation Server )がOpenADR2.0対応となっても、上記のとおり、DR資源提供者側もOpenADR2.0対応しなければ、ADRが機能しません。DRASクライアントの候補としては、OpenADR2.0対応のBEMSであったり、自動遠隔負荷制御装置(Client and Logic with Integrated Relay :CLIR)であったりしますが、それらもOpenADR2.0対応を行った新製品でなければなりません。
そこで、そのような追加投資を行って、PG&Eとの間で新たにADRを実施しようという参加者に、参加奨励費として一定の資金援助を行おうというのが、このADRインセンティブプログラムということです。

ところで、PG&EのDRプログラム参加者の多くは今でもDRイベントの通知に対して手動で負荷削減を行う、手動型DRが大半を占めているそうです。そこで、メール、電話、FAX等で前日の午後2時にDRイベント通知を受け、あらかじめ設定しておいた手順でBEMS等を通じて負荷削減を行える需要家も、「半自動型DRユーザ」として、今回のADRインセンティブプログラムに参加できるようになっています。
また、PG&Eとしては、従来のOpenADR1.0プロトコルを利用したユーザにOpenADR2.0への移行を強制するものではなく、新たにPG&EのDRプログラムに参加するユーザの中で、ADRが可能な設備機器を有している場合にADR参加奨励費を出すということでした。
少なくとも過去1年PG&EのDRプログラムに参加していなかった、新たにADRに興味を持つユーザのみ(一般家庭は対象外)に、本ADRインセンティブプログラムへの参加資格が与えられています。

参加奨励費は、提供できるDR資源(kW)と、参加できる形により、表.1のように分かれています。

表.1  PG&EのADRインセンティブプログラム

基本的には、DRASクライアントとしてOpenADR2.0の認証を受けたものであることがインセンティブプログラム参加の必須条件ですが、半自動型DRの場合は、省エネ機器を使うことが条件とされており、参加希望者は2014年1月末までに申し込む必要があります。
DRASクライアントとしての詳しい参加条件は、以下の通りです。

• PG&Eと200kW以上の契約をしていること
• スマートメーターを設置している(または、設置する)こと
• 過去24か月の請求履歴を持つこと
• 2章で示すDRプログラムのいずれかに参加すること
• ADRが可能な装置を設置すること
• PG&EのDRサーバからの遠隔制御が可能なこと
• DRクライアントはOpenADRアライアンスよりOpenADR2.0の認証を取得していること

このインセンティブプログラムは、来夏のADR新規参加者を対象としたもので、参加申し込みを行い、接続テストに合格した段階で、上記の表に基づく参加奨励金の60%が支払われ、残りの40%に関しては、実際に発動されたDRイベントに対して2014年10月末時点でどれほど負荷削減に貢献できたかに基づいて、適切な額が支払われることになっています。図.1に、この予算執行の流れを示します。

図.1 ADRインセンティブプログラム予算執行手順

※日本のDR実証実験では、提案書段階では厳しく審査されても、結果が悪かったから補助金を減額されたというような話を聞きません(知らないだけかもしれません)が、『最初から全額支払わずに、実証実験終了後の結果如何で当初申請額からの減額もありうる』というのは、なかなかうまい方法ではないかと思います。

なお、表中、先進技術(原文では、Emerging & Advanced Technology)の意味するものは、CA ETCC(California Emerging Technologies Coordination Council)で高く評価されたもの、あるいはそれに相当する技術、最新無線技術、ゾーンごとに制御可能なスマートサーモスタット等ということでした。

また、ADRインセンティブプログラム参加者は、次にご紹介する、PG&Eが提供する4つのDRのいずれかに参加することという条件になっており、最初の1年は、登録したDRプログラムを変更することができませんが、2年目以降別のDRプログラムに変更することも可能。ただし、最低3年間DRプログラムに参加することが義務付けられています。

2.ADRインセンティブプログラム向けのDRプログラム

ADRインセンティブプログラム参加者が利用可能な4種類のDRプログラムについて、以下に簡単にご説明します。

 CBP (Capacity Bidding Program)

祝日を除く夏季(5月1日~10月30日)のウィークデイ午前11時~午後7時に供給力不足が予測された場合、負荷削減に応じることのできる商工業及び農業の大口需要家向けのDRプログラム。月末に翌月分の入札が行われ、落札者には、実際、当該月に電力調達が行われるかどうかにかかわらず、負荷削減可能量(kW)と負荷削減継続時間に応じた額が支払われる。支払われるkW単価は、当該イベント通知が、前日か、当日2時間前あるいは当日45分前かによって異なる。
当該DRイベント発生時、入札時に指定した容量の負荷削減ができない場合、ペナルティが課せられる。

※カリフォルニア州にもCAISOと呼ばれる系統運用機関がありますが、PJMのようにカリフォルニア州全域の系統運用を行っている訳ではなく、またPJMのような容量市場を運営していません。そこで、PG&E自身が夏季ピーク時の供給力不足に備えて用意しているのが、このDRプログラムです。

 DBP (Demand Bidding Program)

年間を通して、PG&Eが必要としたときに連続2時間10kW以上の負荷削減が可能な需要家向けのDay-Ahead型DRプログラム。
DRイベント発生時、入札時に指定した負荷削減量を守れなくてもペナルティは課せられない。入札時の負荷削減可能量に対して50%から150%の間の負荷削減量を達成したら、kW単価に応じた報酬が支払われるが、50%より以下、150%より以上の負荷削減量に関しては対価が支払われない。

 PDP (Peak Day Pricing)

本DRプログラムに参加する需要家には、祝日を除く夏季(5月1日~10月30日)のウィークデイ午後2時~6時で、年間9~15回、特に供給力不足が予測される日(Peak Day Pricing Event Day)には、通常のOn-Peak料金よりさらに高い電気料金(Peak Day Pricing)が適用される。現時点では商工業及び農業の大口需要家向けのDRプログラムとなっているが、2014年11月以降、一般家庭・低圧顧客にも範囲が広げられる。このDRプログラムに参加した需要家には、どれだけ負荷削減できるか(kW)に応じてSummer On-Peak demand credit($/kW)が支払われる。
PDPは、2010年5月以降、200kW以上の大口商工業顧客に、2011年2月からは大口農業顧客向けに提供されているが、2014年11月以降一般家庭を除く200kW以下のユーザにも開放される。

 AMP (Aggregator Managed Portfolio)

DRアグリゲータが顧客の需要を束ねて、PG&EにはないDRプログラムを提供するもので、アグリゲータによって内容が異なる。PG&E管内のDRアグリゲータとしては、次の5社がある。

①Alternative Energy Resources, Inc. (Comvergeの子会社の1つ)
②Constellation Energy
Energy Connect (Johnson Controls社の1部門)
④Energy Curtailment Specialist, Inc.
EnerNOC, Inc

今回のADRインセンティブプログラムの予算は、需要家がこれら4種類のうち、どのDRプログラムに参加するのかと、表.1に示された先進技術を使うかのか/使わないかによって、表.2の通り予算の上限が定められています。

表.2   DRプログラム別ADRインセンティブプログラム予算枠

なお、需要家に支給される参加奨励金の上限は、$1,000,000/サイト、$2,000,000/顧客となっています。すなわち、PG&E管内に複数の需要サイトを持つ顧客の場合、サイトあたりの上限が100万ドル、すべてのサイト合計の上限が200万ドルです。

3.ADR実運用に当たってのキーパーソン:DCT

ところで、今回のPG&E ADRインセンティブプログラムではOpenADR2.0プロトコルを採用します。
OpenADR1.0が出来上がった当時は、OpenADRの認証機関がなかったので、たとえOpenADR1.0対応製品と称するDRクライアントであっても、PG&EのDRASと繋がる保証はありませんでした。今回は、DRAS、DRASクライアントともに、OpenADRアライアンスの認証を受けたものになるので、後はインターネット接続されれば、DRAS側からのDRイベントを受けてADRがつつがなく実施される・・・でしょうか?

実は、ここが問題です。OpenADRアライアンスの認証を受けたDRサーバ・DRクライアント間では、アプリケーションレベルの通信プロトコル上は、うまくDRイベント情報および関連情報の受け渡しが行えるはずです。でも、DRクライアントのBEMSやCLIRから、負荷削減対象の設備に制御信号がうまく伝わらなければならないし、そこまではうまく情報が伝わったとしても、DRプログラムで想定した通りの負荷削減が行えるような事前設定が行われていなければ、「DRイベント通知による負荷削減」は実現しません。
この、一連の流れの確認と、それに先立つ、通信周りを含めたDRクライアント環境の構築や、DRサーバとの間のADR検証等、必要な手続きおよび行為にPG&Eがすべて立ち会うのかというと、実はそうではありません。
少なくともPG&Eでは、ADRの運用に向けて、(海外では、アクセンチュア以外でこの用語を聞いたことがないのですが)日本流にいうと、BPO(Business Process Outsourcing)に近い仕組みができあがっているようでした。
すなわち、PG&Eに成り代わって、ADRインセンティブプログラムの説明会(今回のワークショップ)を行う役割を担う(ASW Engineering社が担当)組織、ADRインセンティブプログラムへの参加の受け付けを行う組織(Energy Solutions社が担当)の他に、事前にうまくADRが実施されるかの確認テストはいうに及ばず、ユーザの設備機器から見て、どのDRプログラムがよさそうか、そもそもDRプログラムに参加すべきかどうか相談に乗り、必要とあれば、OpenADR2.0のプロトコルで通信してADRを実施するために必要な施工業者や、製品ベンダーを紹介し、DRASクライアントシステムとしてエンドツーエンドで機能するまでの面倒を見るコーディネータの役割を果たす組織があり、彼らはDCT(DRAS Client Technician)と呼ばれています。
DCTは、その役割を遂行するノウハウを持つコンサルタント企業であるかもしれないですし、ADRの実施に係わるハード/ソフト/サービスベンダーが自らの製品/サービス販売の一環として実施することも考えらます。
図.2は、このDCTの役割と責務を図示したものです。


図.2 DCTの役割と責務

図.2中、赤枠の中が、DCTの役割ですが、以下にもう少し詳しく説明します。

ステップ1:ADRインセンティブプログラムへの参加を希望する顧客に関して、PG&Eの顧客担当者と事前にADR実施可能性を検討する。

ステップ2:実際に顧客のサイトを訪問して、顧客業務、DR資源提供可能な設備、顧客の電力使用パターンを確認。どのような負荷削減戦略が可能か、どのようなインセンティブプログラムに応募できるかを協議する。

ステップ3:DRASクライアントシステム構築に当たって、可能なら電気工事や、通信周りを含めて施工業者/ベンダー選定の支援を行う。

ステップ4:DRASクライアントが受け取るDRシグナルに対してBEMSやCLIRでの負荷削減動作を含む振る舞いを定義・設定する支援を行い、施工業者がOpenADR2.0に不案内な場合は、必要な情報提供を実施する。

ステップ5:PG&Eが提供するDRASのWEBポータル(図.3参照)にログイン情報を含む顧客情報登録を行う。

図.3 PG&EのDRAS WEBポータル画面

ステップ6:DRASからのDRシグナルに対して正しくふるまえるよう、サイトのADRシステム構築のコーディネーションを行う。

ステップ7:PG&E立ち会いの正規のADR検証に先立って、DRASのテスト機能を使って、DRASクライアントシステムとの接続テストを実施する。(図.4参照)

図.4 PG&E DRASインストーラポータルのDRASクライアント接続テスト機能

ステップ8:顧客に以下のようなDRASポータルの使い方のトレーニングを行う。

•  ログイン方法
•  デフォルトの入札/負荷削減量設定の仕方
•  オプトアウトの仕方
•  レポートの起動方法
•  テストの仕方

ステップ9:DCTドキュメントと呼ばれる、PG&Eが用意したForm 5A(負荷削減機器申請)/5B(接続テスト結果報告書、図.5参照)/5C(接続テストで発生した障害報告)のADRインセンティブプログラム参加申請に必要な書類を作成する。

図.5 接続テスト結果報告書(Form 5B)

ステップ10:DRASとの正式なADR検証日を設定し、PG&Eのテストに立ち会う。

ステップ11:PG&EのADR検証においては、単なるDRASサーバ・クライアント間の疎通確認ではなく、顧客のベースラインに対してどれだけ負荷削減が実施されたかの検証が行われる。DCTは、いわゆるDRのM&Vメソッドに関しても技術的なサポートが期待されている。

※M&Vに関しては、「デマンドレスポンスに関するもう1つの標準―その1~「その5あるいは、弊社レポート「デマンドレスポンスの基準」をご覧ください

今回、PG&EのADRインセンティブプログラムのワークショップに参加する機会を得て、カリフォルニア州が10年以上ADRの実証を重ねてきた歴史とともに、その中で単にICT技術やDRイベントに関するプロトコルを洗練化してきただけでなく、ADRが実ビジネスとしてうまく回るためにビジネスモデルとしても、「一日(以上)の長」があることを目の当たりにしました。

まず、日本でもADRを本格的に導入するには、DCTのような役割を担う組織が育たなければならないと思います。

また、Honeywell社のDRASのWEBポータルも良くできていると感心しました。PG&E自体の作業負荷が最低限で済むよう、DRASからDRASクライアントまでの疎通確認までは顧客側が(実際にはDCTの支援を得て)自分でテストできるようになっているのは、やはり、長年のADRフィールド実証から得た経験の賜物ではないでしょうか?

DRイベントを如何にさばくかだけではなく、

• DRプログラムのバリエーションの定義を如何に保証するか、
• それらのDRプログラムへの参加者を如何に維持管理するか、
• 顧客のタイプ及びDRプログラムに応じたベースライン・ロジックを如何に自由に定義できるようにするのか

は、DRサーバに求められる重要な機能要件ですが、それに加えて、

• DRイベント実施に向けた諸々の準備作業に関して電力会社あるいは系統運用者の負担を如何に軽減できるか

は、DRの普及促進と、ADRの実運用を図る上で必須の要件であると思います。

終わり