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『PJMのDRプログラム』と題して、実際に米国東部の系統運用機関であるPJMが実施しているDRプログラムと、PJMの運営している電力卸売市場との関係をご紹介しています。

前回は、PJMの容量市場に適用されているDR資源に対するPJMの名称:負荷管理資源(Load Management Resource:LMR)の内容についてご紹介しました。
PJMの容量市場は、1998年10月に開設されたということですから、15年弱の実績を持つ市場ですが、現在の仕組みにたどり着くまでいろいろ試行錯誤が繰り返され、今もなお模索が続けられているようです。インターネットで調べてみると、国際環境経済研究所(IEEI)の電力改革研究会に「容量市場は果たして機能するか?~米国PJMの経験から考える その1」、「同-その2」でPJMの容量市場の仕組みに関してもっと詳しく紹介されていましたので、興味のある方はそちらをお読みいただくようお勧めします。

容量市場は、一日前市場やリアルタイム市場のように、電力の現物取引を行うための市場ではありません。PJMからすると、供給余力確保のための保険のようなものと考えることができます。あるいは、必要が生じれば使う権利をPJMが確保しておくという意味では、オプション取引の一種と考えることもできます。

一方、容量確保義務を持つ電力小売り事業者から見ると、容量市場から調達したものは、CO2の排出権クレジットのようなものなので、「容量クレジット」という言葉が使われることもあります。

ところが、発電事業者やDR資源提供者から見ると、容量市場は電力小売り事業者とは対照的な姿をしています。PJMから要請があれば「現物」を提供する義務が生じるので、クレジットのような架空のものではなく、絶えず提供する用意をしておかなければなりません。
したがって、発電事業者では、発電機を待機させておくためのコストがかかりますが、DR資源提供者の場合は、普段は通常通り電気を使うだけですので待機コストは必要ありません。その意味では、DR資源の方が発電機より容量市場に向いているという気がしますが、いかがでしょうか?

さて、今回は、PJMのアンシラリーサービス市場と、アンシラリー市場に適用するDR資源についてご紹介しようと思います。

では始めますが、例によって、参考にした資料の全訳ではないことと、独自の解釈および補足/蛇足/推測が混じっているかもしれないことをご承知おきください。

3.PJMのアンシラリーサービス市場

3.1 アンシラリーサービスとは?

アンシラリー(ancillary)というのは、聞きなれない言葉であるが、「補助的な」という意味がある。

電気事業の主たるサービス(プライマリサービス)は、電気エネルギーの供給であるが、それを確実に行うためには、エネルギー供給には直接結びつかないような数多くのサービスが必要とされる。その中で、特に系統運用機関(ISO/RTOや送電ネットワーク運用者)が発電事業者から調達するものが、主として北米でアンシラリーサービス(補助的なサービス)と呼ばれている。

※出典:電気学会「電力自由化と系統技術」第4章 アンシラリーサービス

アンシラリーサービスに何が含まれるかについても諸説あるが、FERCでは以下の6種類に分類している。

1) スケジューリング/系統制御および給電(scheduling, system control and dispatch services)
需給バランスや系統信頼度の確保および緊急時の処置に必要な機能全般。

2) 発電設備からの無効電力供給および電圧制御(reactive supply and voltage control from generation sources)
系統電圧を許容範囲内に調整するために必要となるもの。発電機は有効電力を発生させるだけでなく、系統電圧を維持するための無効電力の供給源としても重要な役割を担っている。

3) 周波数制御(regulation and frequency control)
時々刻々の負荷変動に対して系統周波数を調整するサービス。

4) 電力量偏差調整(energy imbalance)
発電事業者による電力供給や需要家の電力消費量が計画通りいかない場合に調整するサービス。

5) 瞬動予備力(spinning reserve)および
6) 運転予備力(supplemental reserve / non-spinning reserve)
ともに、発電ユニットの脱落や送電線の事故に対応するためのもの。系統に並列されていて、そのような事故発生時、即時に応動して短時間で出力を上昇させられる発電ユニットが瞬動予備力。停止中(non-spinning)であるが、短時間で起動し出力を出せるユニットが運転予備力である。

アンシラリーサービスは、そもそも発電事業者が系統運用機関に提供するサービスで、契約に基づくものが多かったが、電力自由化の進展に伴い、電力エネルギーの調達だけでなく、アンシラリーサービスに関しても、できるものから順次市場調達されるようになってきている。また、市場調達先も、発電事業者だけでなく、ネガワットを提供する大口需要家やDRアグリゲータに門戸が広がってきている。自動DRの出現により、発電機への給電指令相当のDRシグナルで需要家の負荷を遠隔制御できるようになったことと、近年のネットワークインフラの技術革新により低廉な運用コストで高速通信が可能となったことで、より多くのアンシラリーサービスにDRが対応できるようになったのである。

3.2 PJMのアンシラリーサービス市場

上記のとおり、PJMでも電力エネルギーの調達だけでなく、アンシラリーサービスも市場から調達するため、アンシラリーサービス市場を運営している。以下に、PJMのアンシラリーサービス市場について、概要を紹介する。

 Day-ahead Scheduling Reserve (DASR)Market : 運用予備力調達市場

何らかの事情で需要予測と大幅な差異が発生した場合などに対処するため、2008年6月から導入された市場調達の仕組み。入札できるのは、PJMからの指令に基づき自動または手動で30分以内に予備力提供ができる電源あるいは負荷で、指令を受けた時点で系統に接続されている必要はない。

• PJMエリアは、予備力確保上2つの制御地域に分かれている。RFC地域のDASR予備力確保容量は、RFC地域12時のピーク負荷予測の6.75%、SERC地域は、毎年SERCが確保容量を定める

• 調達に当たっては、入札価格だけで判断するのではなく、DASR機会コスト、起動・停止コストを勘案した「Merit order price」順に、制御地域ごとに必要量に達するまで入札データからした適用する予備力を選択し、必要量に達した時点の調達単価が、その地域の予備力市場決済価格(Day-ahead Scheduling Reserve Market Clearing Price :DASRMCP)となる

 Synchronized Reserve Market : 瞬動予備力調達市場

• 入札できるのは、系統に接続されていて、PJMからの指令に対して自動的に10分以内に予備力提供ができる電源あるいは負荷

• 容量市場同様、PJMでは小売事業者に、本予備力提供を義務付けており、自前で用意できない場合は、このSynchronized Reserve Marketから市場調達する

• PJMエリアは予備力確保上2つの制御地域に分かれている。RFC地域のSynchronized Reserveの予備力確保容量は、RFC地域内最大の発電ユニット容量で、約1300MW。 SERC地域は、毎年SERCが確保する容量を定める。まずTier 1(第一段階)として、系統接続されている資源で予備力を提供する余裕がある資源から予備力を確保した後、制御地域ごとに定められた予備力量に達していなければTier 2(第2段階)として追加調達する

• 調達に当たっては、入札価格だけで判断するのではなく、発電機会+発電電力量予測コスト、起動・停止コストを勘案した「Merit order price」順に、制御地域ごとに必要量に達するまでTier 2入札データから適用する予備力を選択し、必要量に達した時点の調達単価が、その地域の予備力市場決済価格(Synchronized Reserve Market Clearing Price :SRMCP)となる

 Regulation Market:周波数調整市場

• 元来、入札できるのは、AGC(Automatic Generation Control:自動発電制御)機能が付いた調整電源のみだった

• PJMからの起動指令(RegA signal)に対して5分以内に立ち上がることが条件

• PJMでは小売事業者(LSE)に、周波数調整力の保持を義務付けており、自前で用意できない場合は、このRegulation Marketから市場調達する

• 調達単価は、リアルタイム市場の時間ごとの市場価格(Regulation Market Clearing Price:RMCP)

• 市場調達する容量は、ピーク時間帯が需要予測のピークの1%、ノンピーク時間帯が、需要予測の谷底の1%だったが、2013年から、それぞれが0.7%に引き下げられている

• 容量市場と異なり、PJMエリア全体で市場調達が行われる

2012年、FERCオーダー755に基づき、応答速度の早い電源用の起動指令(RegD signal)に応じられるフライホイールやバッテリー等の電源に対して、“Pay for Performance Based Regulation”の考え方が導入されている

3.3 PJMのアンシラリーサービス市場向けDRプログラム

PJMの運営する市場は卸売電力市場であるので、本来需要家は参加できないが、100kW以上のDR資源を提供できる大口需要家は、DR資源の卸売事業者という取り扱いでアンシラリーサービス市場への参加が認められていた。また、提供できるDR資源が100kW以下の需要家も、PJMの特別会員として登録された需要削減プロバイダー(Curtailment Service Provider:CSP)を介して、PJMの市場に参加することができる。

CSPは、需要家のPJM市場へのネガワット入札を仲介するだけでなく、PJMに代わってDR実施実績を計測し、実績に応じてPJMから得られたDR資源提供利益を需要家とシェアする。EnerNOCのようなDRアグリゲータだけでなく、Baltimore Gas & Electricのような小売事業者がCSPとして登録されている。

PJMのDRプログラムは、大きく以下の2つのグループに分類できる:

• 緊急DR:受給逼迫時等、緊急に負荷削減が必要となる場合に備えたDRプログラム

• 経済的DR:発電資源とDR資源を同列に並べ経済的な観点から系統運用に利用するためのDRプログラム

以下に、それぞれのDRプログラムについて説明する。

 Emergency Load Response(EmLR):緊急DR

系統に緊急事態発生時に利用するDRプログラムである。

• このDRプログラムには、更に以下の3つの種類がある:

1) Energy-Only EmLR:実際に削減した電力量に応じてインセンティブが支払われるもの

2) Full EmLR:実際に削減した電力量に応じてインセンティブが支払われるだけでなく、緊急時に提供可能な容量として登録したMW数に応じた支払いも行われるもの

3) Capacity-Only EmLR:緊急時に提供可能な容量として登録したMW数に応じた支払いが行われるもの

• DRプログラムへの参加要件:
これらのDRプログラムに参加するには、最低100kWの削減を行え、2時間前に通知されれば、2時間連続して需要を削減する必要がある。

• DRプログラム実施時の清算:

1) Energy-Only EmLR:緊急事態が実際に発生し、負荷削減した場合の報酬は、リアルタイム市場の地点別料金(Local Marginal Price:LMP)か、入札単価の高い方の価格に削減量を掛けた値が報酬として支払われる

2) Full EmLR:登録した容量に対しては、RPM市場決済価格をかけた値が報酬として支払われる。更に、緊急事態が実際に発生し負荷削減した場合、リアルタイム市場の地点別料金(Local Marginal Price:LMP)と入札単価の高い方の価格に削減量を掛けた値が報酬として支払われる

3) Capacity-Only EmLR:登録した容量に対してRPM市場決済価格をかけた値が報酬として支払われる。緊急事態が実際に発生し負荷削減した場合も、削減に応じた対価は払われない

なお、FullまたはCapacity-OnlyのEmLR DRプログラム参加者で、緊急事態発生時に登録通りの容量を提供できなかった場合、ペナルティが課される。

※ EnerNOCが産業顧客、業務顧客に対して提供しているDemandSMARTは、PJMの緊急DRに対応するものであるが、DemandSMART経由でDR資源を提供する顧客は、あらかじめ約束した需要削減を行えなくてもペナルティを支払わなくて良い。EnerNOCは、契約した顧客間で負荷削減量を調整し、それでも調整しきれなかった場合、需要削減を行えなかった顧客に代わってPJMに対してペナルティを支払う。(ペナルティ支払いリスクをかぶることで、EnerNOCは顧客ベースを増やすことに成功した)

 Economic Load Response(EcLR):経済的DR

需要家はCSPを介して、経済的DRとしてPJMが運営する電力取引市場、容量市場、アンシラリーサービス市場への入札に参加することができる。これらはPJMからの信号に基づく需要削減量(周波数調整市場の場合のみ、需要量のアップ・ダウン量)に対してインセンティブが支払われるものである。

このDRプログラムには、更に以下の種類がある:

1) Demand Response – Day-Ahead Scheduling Reserve Market
DR資源を運用予備力として活用するもの

2) Demand Response Synchronized Reserve Market
DR資源を瞬動予備力として活用するもの

3) Demand Response Regulation Market
DR資源を周波数調整に活用するもの

DR資源提供者の代行でDR regulation市場に入札を行うCSPは、同市場に参加する発電事業者相当の市場参入条件を満たしていなければならない。また、CSPには、DR資源提供者に対して最低1分ごとに需要量を検針できるメーターの設置・計測が求められている。

※ PJMが2013年3月25日に公開したばかりの「2012 Economic Demand Response Performance Report」によると、2012年度からFERCオーダー745の効果で経済的DRに対する支払額が変更されている。FERCオーダー745が公布されるまでは、卸売価格(LMP)と発送電価格の差分に基づいてインセンティブ額が定められていたが、同オーダーは、卸売価格が毎月のNet Benefits Threshold(例:2013年3月は$25.60/MWh)を超えた場合、経済的DRによる負荷削減量に対して、100%卸売価格を適用するよう要請。その結果、FERCオーダー745が施行されて以来、緊急DRから経済的DRへの移行が発生しており、また、従来はDR資源提供に関心のなかった需要家も今後経済的DRに参加する可能性があるとしている。

今回はここまでとします。

次回は、PJMの容量市場およびアンシラリーサービス市場の実績と、そこにDR資源を提供した場合の収益シミュレーションの結果をご紹介したいと思います。

「PJMのDRプログラム-その1」に引き続き、7月中に「その2」もブログにアップするつもりでしたが、7/30にカリフォルニア州の3大電力会社の1つPG&EでOpenADR2.0運用開始に当たってワークショップがあることがわかり、夏休みを兼ねて参加してきたので、遅くなってしまいました。

ワークショップの参加レポートに関しては、インプレスR&Dのスマートグリッドニューズレター(早ければ8月号)に掲載される予定です。

終わり