Frost in Greensward Close

© Copyright John Brightley and licensed for reuse under this Creative Commons Licence.

 
前回は、一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会の機関誌「CIAJ JOURNAL」に投稿させていただいた原稿をベースに、「電力自由化はこれからが本番」と題して、これまでの電力ビジネスを振返り、この先数年の日本における電力ビジネスに関しての考えを述べさせていただきました。 今年(も)、個人的にはリサーチ対象としているTE(トランザクティブエネルギー)は、それよりもっと将来の電力流通のあり方を考えたものですが、日本にも、将来の電力流通に思いをはせた方がいらっしゃいます。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻の阿部力也特任教授がその方で、本日は、阿部教授が将来の電力流通に関する構想をまとめられた著書「デジタルグリッド」の読書感想文です。

本書は、以下の5部17章で構成されています:

・第1部 電力システムを解剖する
・第2部 デジタルグリッド
・第3部 電力インターネット
・第4部 エネルギー主体の経済
・第5部 エネルギーシステムのパラダイムシフト 

では、第1部から見ていきましょう。

第1部「電力システムを解剖する」は電力システムに関する現状認識。そこから、第2部の「デジタルグリッド」の発想に至った経緯までを要約すると:

  • 電力流通は交流による同期電力系統技術を採用したおかげでここまで発展してきたものの、系統内に流入する電源をすべて同期させる必要が今足かせとなってきている。 
  • すなわち、同期化力のない再生可能エネルギー(以下、再エネ)の大量逆潮流を受け入れることができず、系統に流入する全電力の30%以上が再エネになると系統の安定性を失う。ドイツで再エネ比率を80%にするという目標を立てているが、これは、足りない場合、隣国のフランスが保有する大量の原発から供給を受け、再エネ出力が余った場合も、ドイツと連系している欧州系統の諸国が大型蓄電池のように作用して、余剰電力を吸収する余力があるからである。 
  • 現在もてはやされているスマートグリッド関連技術も、(DRも含めて)この同期系統技術の上で問題を解決しようとしている限り根本的な解決は得られないだろう。 
  • では、再エネ利用率80%というのは不可能かというと、そうでもない。 
  • かつ、そのために必要な技術はすでに存在している。直流伝送による非同期連系技術が、この問題を解決できる技術であり、例えば、北海道と本州間の連系(北本連系)には直流伝送による非同期連系技術が使われている。 
  • 北本連系では、50Hzの交流を非同期連系しているが、東京と中部の間にある周波数変換所は、50Hzと60Hzの交流同期連系を結ぶ非同期連系となっている。 
  • この周波数変換所は、概念的にみると50Hzの端子と60Hzの端子を持つブラックボックスで、50Hzのネットワークと60Hzのネットワークを結ぶ電力のルーターと考えることができる。 
  • 同期化力のない再エネ大量導入に起因する同期電力系統の問題解決手段として、この「電力ルーター」による非同期連系技術をベースとしたデジタルグリッドが有効となるのではないか?

そこで、第6章「デジタルグリッドの誕生」となる訳ですが、『再エネを大量に導入するには系統増強もスマートグリッドも解ではなく、電力系統の呪縛を開放する「非同期連系」という技術が必要になる』というのが「デジタルグリッド」を考える上でのキーポイントのようです。逆に言うと、「デジタルグリッド」というのは、単に再エネ導入を促進せんがための小手先の技術ではなく、真にスマートなグリッドの実現を目指す技術を志向していることがわかります。
そして、「電力をルーティングするデジタルグリッドの主要な装置」として、デジタルグリッドルーター(DGR)が登場しますが、ここからは、現時点で確実な裏付けのある話ばかりではなく、従来の同期電力系統と並行してDGR同士を結ぶ「自営線」ネットワーク網ができ、今後の商習慣や制度の変更ができたら実現するであろう世界の話が入ってきます。

その将来像を見る前に、デジタルグリッドの主要構成要素を確認しておきましょう:

デジタルグリッドルーター: DGR

  • 電気を交流/直流双方向に変換できるインバーターを複数組み合わせ、一方の端子で受けた交流電力をいったん直流に変換し、再度交流に戻して別の端子に出力することで周波数の非同期化を実現
  • この、DGRの端子(=DGR内のインバーター)を特定すルーターめにIPアドレスを使う

※ インターネットのルーターは、ルーター自体にIPアドレスを割り当てるのに対して、DGRでは複数あるDGRの入力端子/出力端子にIPアドレスを割り振るところがユニークですね

セル:CELL

  • DGRにより電力系統と非同期に接続する中小規模の電力系統で、常時系統連系していながら、電気的に自立可能なもの
  • 典型的なセルの例としては、従来の電力会社の配電線フィーダスイッチがDGRに置き換わり、そのフィーダ線にぶら下がる発電施設・需要施設すべてがセルに所属 ( 例えば、1つのフィーダ線に大量のPV出力の逆潮流が発生したとしても、それに起因する周波数の上昇はセル内にとどまり、非同期接続しているがゆえに、配電線より上位の系統に影響が及ばない?
  • 最小単位は需要家施設で、従来の配電盤や高圧受電盤のブレーカがDGRに置き換わるものと想定
  • 大きなセルとしては、直流送電線で北本連系している北海道全域も1つのセル

自営線DGR端子でセル同士を自営線で結び、電力融通を行なう (ただし、セルは同期電力系統への接続と並行して自営線での多重電気接続が基本のようで、最終的な同時同量制御は従来のメカニズムに任せるが、自営線によりセル同士の電力融通を行なうことで、ある程度セルは自立した存在となる?

DGクラウドDGRの持つ情報をやり取りするためのインターネット

なぜデジタルグリッドの方が今日の系統より再エネ大量導入に関して有利かに関しては、以下のように説明されています:

  • デジタルグリッドでは、再エネはどこかのセルに内包される
  • 系統は、DGRにより非同期連系されているので、セル内で発生する再エネの出力変動による周波数変動/電圧変動の影響を受けない。したがって、セル内でどれほど再エネが使われようとも系統側から出力抑制をする必要はない
  • その代わり、セル内の周波数変動/電圧変動に関してはDGRが制御する(必要ならセル内の再エネに出力抑制をかける)

※ ある程度広い地域に分散したメガソーラーやウィンドファームは、個々の発電機の出力変動は大きくても全体的に「ならし効果」があるといわれていますが、セルごとに電力需給バランスの個別最適化を行なうと、「ならし効果」に期待できず、出力抑制の頻度が高まる可能性もあるのではないでしょうか?
※ また、DGRというのが、基本的に複数のインバーターを組み合わせた非同期系統連系装置と思ってみていましたが、セル内の需給バランスをとるEMSの機能がなければならないようです

8章「中小規模自律分散型電力系統の台頭」では、デジタルグリッドを推進するために、セル間を自営線で接続して電力融通を可能とするよう配電網の自由化が提言されています。

第二部最後の第9章は、「エネルギー源もタイミングパルスも宇宙から」という壮大なタイトルが付けられていますが、この中で主張されているのは、以下の通りです:

  1. 人類の究極のエネルギー源は太陽(=宇宙)
  2. 地球上に分散して降り注ぐ太陽エネルギーを有効利用すると、分散型の電力系統とならざるを得ない(メガソーラーやウィンドファームに関しては否定的)
  3. セル内に大量の再エネを導入し、かつ交流で運用するには、それらのインバーター(=PVのパワコン相当)を並列運転させる仕組み(インバーターの動機情報を伝える仕組み)が必要
  4. そこで、GPS衛星からの信号(=宇宙)を利用してセル内での交流の再エネ出力を時刻同期させる  

第3部「電力インターネット」に入って、第10章「ユビキタスインバーターの世界」では、改めてインバーターの仕組みを解説した後、「プロトン」という開発コードで、ハードウェアとOSが分離した新しいインバーターのプロトタイプを開発中で、これが商品化されれば同じOSの下でソフト部分を変更することによってDC/DCコンバータや、PV/EV充放電用のインバーター等ができるので、今までのハードウェア/ソフトウェア一体型の専用パワコン開発に比べてインバーターの価格破壊が起きるだろうと予言しています。

そして、続く第11章「電力パケットと商品化」で、一気にfintechの世界が導入されます。
10章中に、すでに「インバーターを使って発電や消費あるいは貯蔵の取引記録(ログと呼びます)を保存すれば、それはあたかも銀行通帳に入金や出金あるいは残高の記録を記帳しているかのように…」という記述がみられたのですが、あるDGRの端子(=インバーター)に太陽光発電源が接続されていたとすると、その端子のIPアドレスとともに、どこでいつどれだけの電気が発生したかが記録できます。単に記録するだけでなく、他のDGRの端子を経由してセル外の系統側に逆潮流させて、電力取引を行なう際にもこの情報(=電力プロパティ)は重要です。更にデジタルグリッドの世界に関する想像を発展させ、電力の取引単位として「電力パケット」というものを想定し、1電力パケットを1kWhにしようとの提言が行われています。 IPアドレスにより、取引する電源を識別できるので、従来の電力取引では取扱商品が「電力」ただ1つだったものが、CO2価値を含めた「商品」や、再エネ商品が発電予測の元で売買されたとしても、発電予測が当たるとは限らないので、外れた場合の保険ということで気象予測の商品化やデリバティブ商品にまで言及されています。

第12章「電力インターネット」では、まずインターネットとデジタルグリッドの類似点・相違点を確認した後、デジタルグリッドの実現イメージが記載されています。

  • 電力の伝送路とは別に、電力情報をやり取りするためにインターネット回線も利用することになる
  • この電力情報のやりとりを行なうサービスプロバイダが現れる
  • 情報のやり取りだけでなく、電力取引をサポートするため、このサービスプロバイダは株式取引と同じようなソフトウェアの開発が必要になる
  • 日本卸電力取引所(JEPX)では、現在30分の電力取引だけだが、発電元のIPアドレスで電力が識別できるので、「クリーン電力」のような商品やCO2価値の取引を行なうスポット市場もできるだろう
  • 自営線を自治体などに設置保有してもらい、従来の同期系統と、セル間の自営線経由の二重受電構造とすることができる
  • 個々のセル内では、蓄電池の多用を避け、なるべくセル内の発電機を用いて需給バランスをとる(セル=バランシンググループ
  • デジタルグリッドでは、電力の欠損に相当することが起これば、基幹系統から速やかに切り離し、バックアップルートから瞬時に電力を融通し、何事もなく電力を供給し続ける分散型制御の仕組みとなる
  • セキュリティに関しては、ブロックチェーンのような、全体で認証する仕組みが役に立つだろう ・ セルが電力系統から電気を受け取ることをダウンロード、需要家からの電気を系統に送り込むことをアップロードと呼ぶことにすると、電力のアップロードとダウンロードは相殺され、差分の電力のみがアップ/ダウンロードされる
  • 同期系統連系を経由した電力のやり取りの他に、セル同士をつないだ自営線経由のP2P型ネットワークでの電力融通も行われる(相対取引になる?
  • セルは系統と非同期連系しているので、基幹系統側はこれまでのように高信頼性を保つ必要はなく、系統の一部で停電したり、回線工事が行われたりしても、関係するセル内で停電が発生することはない。セルの自律分散運転が進めば、基幹系統はベストエフォートな電力系統で良くなる

第4部「エネルギー主体の経済」第13章「生産者から消費者へのパワーシフト」では、すでにスマートグリッドでいわれていることですが、

  • 電力自由化で、従来電気を買う消費者と位置付けられていた人/法人が、どこから電気を買うかの自由度を得ただけでなく、PVの余剰電力等を売る生産消費者(プロシューマ)となった
  • また、現在の日本では、技術的な課題のため、風力/太陽光発電は真っ先に出力抑制をかけられることになっているが、欧州では限界費用がゼロの発電方式は最も優先的に発電させることが法的に義務付けられており、デジタルグリッドでは、欧州と同じ「優先接続」ルールが適用され、電力ビジネスも計画経済から脱却して資本主義経済に移行する
  • 更に、人々が協力してモノやサービスを生産・シェアし、管理する「シェアリングエコノミー」に発展するのではないか

と予想されています。

続いて第14章「都市集中から豊かな地方への分散」では、シェアリングエコノミーのモデルを拡張し、地方の企業や自治体、地方銀行を巻き込んだルーラルエンタープライズモデルについて紹介、第15章「巨大化する再エネ経済」では、デジタルグリッドを流れる電気が識別可能(例えば、IPアドレスからどこのDGRの電力端子につながっている太陽光発電出力かがわかる)であるとともに同質性を持つ(1電力パケットの電力は、原発で発電したものの太陽光発電で発電したものも同じパワーを持つ)という性質をうまく活用すると、仮想的な通貨の役割を果たすような大きなパラダイムシフトを起こす可能性があるという主張が展開され、デジタルグリッドとブロックチェーン技術の親和性について語られていますが、ブロックチェーン技術に関しては勉強不足のため、残念ながらこの部分は理解できていません。

第5部「エネルギーシステムのパラダイムシフト」第16章「潜在市場の巨大さ」では、日本から離れて世界中に存在するまだ電気の全くない地域(オフグリッド)や、電化されていても停電が非常に多い地域(ウィークグリッド)にいかにデジタルグリッドが展開できるかについて述べられています。

最後の第17章「デジタルグリッドの提言」は15ぺージくらいのまとめの章なので、それをダイジェストするのは難しいのですが、要点を列挙すると以下の通りです。

  • デジタルグリッドの本質は、基幹系統の信頼性に関する負担を大幅に軽減し、自立可能なセルグリッドとの共存により信頼性を大幅に高め、多様な参入者により劇的なコスト削減を実現し、化石燃料依存から再エネ依存に転換することにある
  • このインターネットのような新たな電力系統は、基幹系統とセルを非同期に連結し、更に必要に応じてセル同士を自営線で連結した、ハイブリッドな構造となる
  • セル内の需要を超えた過剰な発電は自動で再エネの出力を抑制し、不足分は系統や自分の持つ安定電源から供給する
  • セル内は再エネを主たる電源とするインバーター中心の電源構成となり、GPS等の正確な時刻信号による時刻同期電力系統となる
  • DGRを活用することにより非同期連系を行ないながら、電力の識別を可能とし、電力パケットの送受を行なって、無数の取引をブロックチェーンのような金融技術で実現する
  • この過程で、すべての取引を記録し、地方自治体や社会的に意義を感じるプロシューマ―達に自由な取引ができるようなプラットフォームを与える

また、以下の通りデジタルグリッドの実証が実際に行われていることが紹介されています。

  • 2011年DGR第1号機:マークⅠを開発
  • 2013年1月、米国中央電力研究所EPRIのノックスビル研究所でマークⅡの試験を実施
  • 2015年度、鹿児島県川内市のスマートハウスでマークⅢの試験を実施
  • 2016年度は、石川県和倉温泉で、太陽光や温泉バイナリ発電、蓄電池などを組み合わせた電力融通試験をDGR3台で実証中。また、福島県いわき市サンフレックス永谷園でもDGRを3台設置し電力融通する実証試験を福島県の補助事業として受託。

政策立案者への提言として、再エネの大量導入を実現させるには、送配電網の真の自由化が必要であると主張されています。

数十年後の姿として、従来の電力系統とデジタルグリッドのセルが協調する将来像が描かれています。 すなわち、

  • 従来の電力系統に加え、自営線による多重受電網を持つセルグリッドを無数に構築され、セルの中では多種多様な再エネ技術が開発され、太陽由来のエネルギーをふんだんに取り込み、様々な電力パケットと、その派生物が取引される。
  • 既存の電力系統は自立するセルと協調し、全体的には、ベストエフォートなシステムではあるが、総合的にみると高い信頼性をもたらすものが出来上がる。
  • メッシュ構造の電力ネットワークで膨大な電力取引を実現しつつ、最終的には日本の電力系統の再エネ比率を80%にまで高めることが可能となる。

以上、デジタルグリッドの発想の入り口は、非同期連系技術というハードウェア寄りのアイデアでしたが、最終形としては、現在の計画経済的な電力流通の仕組みを資本主義経済に基づいた仕組みに変更しようという点、および、数十年後にここで書かれた絵姿が実現すればよいというタイムスケールでも、トランザクティブエネルギーに通じるものがあると感じました。

冒頭でご紹介した書著の他に、東京大学阿部研究室ホームページTELESCOPE MagazineにScientist Interviewとして阿部教授へのインタビュー記事「電力をインターネット化するデジタルグリッド」もありますので、合わせてご覧いただければと思います。

今回、ここまで文字ばかりでわかりづらかったかもしれませんので、上記のインタビュー記事の中から、いくつかデジタルグリッド関連の絵を引用させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は、以上です。

終わり