Working Narrow Boat Hadar moored near Foxton Village
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前回は、PJMの新たな容量市場制度であるRPMの詳細設計が行われた過程をご紹介し、その中で、たたき台として作成された大枠から2つの大きな変更が行われた経緯をご紹介しました。

制度設計の当初から英国の容量市場は4年先、PJMの容量市場は3年先の十分な供給力確保を目指していたものと思っていましたが、実はPJMでもRPM制度のたたき台を作成した段階では4年先の供給力確保を目的としていたことがわかりました。ところが、「PJM地域で新規電源として燃焼タービンプラントを構築する場合、新規プラントの増築設備調査契約の締結からプラントの商業運転開始までに要する期間は33ヶ月間であり、3年前のオークション結果を受けて開発に着手しても、実運用年までに確実に稼働することができる」ということから、PJMのRPM市場は3年先の容量確保を行うための市場となったわけですね。
日本の容量市場制度では、実需給年度の4年前にメインオークションが行われることになりましたが、何年前倒しで供給力確保を目指すのかは悩ましい問題です。

電力広域的運営推進機関(OCCTO)の「容量市場かいせつスペシャルサイト」-「容量市場とは」によると、日本では火力発電所の開発計画から運転開始までに要する標準的な期間は10年程度とされており、実際に電気が足りない状態になる4年前に容量市場価格がいわゆる指標価格(NetCONE)を上回って、発電事業者が新規に発電所を建設する計画を立てたとしても、後6年待たないと、その火力発電所から電力供給力を受けることができません。

出所:OCCTO「容量市場かいせつスペシャルサイト」

上記のOCCTOのサイトに、容量市場価格の変化をトリガーとして発電事業者に電源投資を促す図(下図)が示されていますが、容量市場価格が正しく4年前に指標価格を上回り、発電事業者が新規火力発電所建設計画をスタートさせたとしても、4年後から10年後までの6年間供給力不足の状態が継続することが予想され、「将来の十分な供給力を確保する」という目的にかなった制度になっているのか?はなはだ疑問です。

出所:OCCTO「容量市場かいせつスペシャルサイト」

OCCTOの「容量市場の仕組み」のページの最後に以下のようなQ&Aがあります。

Q1:4年後の供給力(kW)を扱うこととした根拠は。

A1:電源を新設するためには一定程度のリードタイムが必要であることや、発電事業者の電源投資に関する投資回収の予見性を高める観点から4年と設定いたしました。諸外国も3~4年程度で設定するケースが多くなっています。

今回、PJMのRPM制度詳細設計の経過を見てわかったように、海外の容量市場の場合は、発電所建設のリードタイムと容量市場で取り扱う前倒しの年数が等しいので、このような回答で良いと思いますが、日本での火力発電所建設のリードタイムを考えると、回答としての説得性が弱い気がします。

#英国の容量市場が4年先のオークションになったのも、英国で新規CCGTプラントの運開までに4年かかるという前提があったようです。

参考:UK Electricity Market Reform and the Energy Transition: Emerging Lessons

しかし、かといって、10年先の十分な供給力確保を目指して、容量市場制度を実需給年度の10年前にオークションを開催するようにすればよいのかというと、それも違う気がします。

今回、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、全世界でエルギー需要が落ち込んでいるようですが、いつ何時そのような事態が発生するかもわからず、容量市場が「10年先に供給力不足が起こりそうだ」という価格シグナルを出したとしても、発電事業者の電源投資を促すことができるかわかりません。

海外の容量市場の市場価格の経年変化を見ても、頻繁に変動しており、「今年の容量市場価格は高騰したが来年はどうかわからない」と思うと、価格シグナルが出たとしても、発電事業者が即電源開発投資を決めるとは思えません。

#これは、4年前にオークションを開催する場合でも同じですが。。。つまり、そもそも、容量市場価格が発電事業者にとって信頼される価格指標になりうるのかという問題もあると思われます。

したがって、最初のオークション開催時期の調整だけで解決策を見出そうとしないで、追加オークションでの対応が望まれますが、その際期待できそうなのは、産業用DR資源を束ねるVPPアグリゲータではないかと思います。発電所の建設・運開まで待たなくても、DR資源なら1年後でも対応できるのではないでしょうか? PJMが、「Reliability Pricing Model Filing」で示したRPMの特徴の1つとしても、容量市場参加者として「既存および計画中の発電設備だけでなく、送電による代替手段や需要側資源の利用」が挙げられていました。

オークション開催時期に関する考察はこれくらいにして、次にMOPRの話題に移りましょう。

ブログ「その2」の最後に、「自分が想定していたMOPRの位置づけ」と、Stoddard氏の解説しているMOPRの説明が違っていたとお話ししましたが、皆様はPJMのMOPRとはどの様なものとお考えでしょうか?

これまで、PJMに関しては、アンシラリー市場だけでなく、容量市場にも目配りしていたのですが、恥ずかしながら、MOPRの存在に気付いたのは、海外電力調査会のニュース記事です。以下に再掲させていただきます。

■米国:FERC、州政府から支援を受けている電源の PJM 容量市場の扱いを決定

連邦エネルギー規制委員会(FERC)は 2019 年 12 月 19 日、州政府から補助金を得ている電源(原子力や再エネ)が、PJM 容量市場に入札する際の扱いを決定した。補助金を得ている電源が容量市場に安値で入札した場合、市場価格が下落し、結果として、供給信頼度を確保するうえで必要な電源が、市場から締め出される状況になり得る。PJM は、(1)容量オークションを 2 段構えにすることにより、市場の競争環境をゆがめることなくこれら電源を容量市場に参加させる仕組み(Capacity Pricing)と、(2)これら電源が容量市場で入札する際に州の補助金などの影響を排除するための入札下限ルール(MOPR)の拡大、の 2つを提案し、2018 年 4 月に判断を FERC に委ねていた。今回の決定で、FERC は MOPRを採用している。これにより今後の容量市場の価格が上昇し、総コストは年間で少なくとも28 億ドル増加するとの試算がある。「ゼロ排出証書(ZEC)」で州政府の財政的支援を受けている米国最大の原子力発電事業者エクセロン社や原子力エネルギー協会(NEI)は、州のクリーンエネルギー政策を損なう可能性があるとして、同決定に対し遺憾の意を表明した。

この後、PJMマニュアル18「PJM Capacity Market Revision: 44  December 5, 2019」でMOPRの項を調べたところ、以下のように定義されていました。

The Minimum Offer Price Rule (MOPR) is intended to prevent the exercise of buyer-side market power. MOPR ensures that certain Planned Generation Capacity Resources are offered into RPM Auctions on a competitive basis. MOPR imposes a minimum offer screening process to determine whether an offer from a new resource is competitive and prevents market participants from submitting uncompetitive, low new entry offers in RPM Auctions to artificially depress auction clearing prices.

以下は、OpenGLで自動翻訳させた結果です。

最低売出価格規則(MOPR)は、買い手側の市場権力の行使を防ぐことを目的としている。MOPR は、特定の計画的発電容量資源が競争的に RPM オークションに提供されることを保証する。MOPR は、新規資源からのオファーが競争力のあるものかどうかを判断するための最低オファースクリーニングプロセスを課し、市場参加者が RPM オークションで競争力のない低い新規参入オファーを提出してオークションの清算価格を人為的に低下させることを防止する。

このMOPRの定義を見て感じたことは:

  1. そもそも、PJMの容量市場において、「買い手」はPJMのはずなのに、「買い手側の市場権力の行使」とは何を意味するのか?
  2. 「MOPR」の「O」はOffer、すなわち、容量市場に電源を売りに出すことで、OpenGLの翻訳結果も「最低売出価格規則」となっているのに、本当に売り手側でなく買い手側の市場権力の行使を阻止するための規則なのか?
  3. 売り手側の「市場権力の行使」を阻止する手段として、売惜しみで価格が吊り上がらないよう、最高入札価格を設定するというのは、ごく自然なことだが、最低入札価格を設定するというのは何を狙っているのか?
  4. 指標価格(NetCONE)というのが、新設電源が容量市場に参入する際の標準的な価格だとすれば、指標価格より安ければ安いほど、「競争力のある入札価格=落札の可能性が高い入札価格」と考えて良いと思われるが、「競争力のない低い新規参入オファー」とは?
  5. 以上の疑問は置いておくとして、MOPRが「オークションの清算価格を人為的に低下させることを防止する」ため最低入札価格を定めるという部分だけ見れば、やりたいことは理解できた。
  6. つまり、新規電源は企業努力をしても指標価格よりかけ離れた低い入札価格を付けられないので、減価償却の済んだ既存電源が限界コストで、あるいは再エネ電源が0に近い価格で入札して結果的に新規電源が容量市場から締め出されると、「将来の供給力確保」という容量市場のraison d’êtreがなくなるので、新設電源が容量市場で生き残れるようにするための仕組みとして導入したものか?
  7. そうだとすると、海電調のニュース記事にある「州政府から補助金を得ている電源(原子力や再エネ)」に対して最低入札価格ルールを適用して、新設の火力発電所が容量市場から締め出されないようにするのは、きわめて正しい判断か?
  8. 結論として、MOPRというのは、再エネや原発を含めた既存電源が低価格で入札することで新設火力発電の電源が容量市場から締め出されるのを防ぐためのルールと考えれば良いのか!
  9. では、日本の容量市場に関しても、ぜひMOPRを採用すべきではないか!

こんな感じで、MOPRをとらえていたわけですが、Supplemental Affidavit of Robert B. Stoddardの内容を翻訳し、その内容を反芻し、今やっとMOPRの真意を理解できた気がしています。

疑問1:小売電気事業者(=買い手)が何らかの方法で市場権力を行使することを防止する方策だと言っているわけですね

疑問2:買い手である小売電気事業者が、容量確保義務を満たすために電源を新設し、それを容量市場に入札する際の価格なので、ここではOfferするのは電源を保有する小売電気事業者(=買い手)で正しいわけですね

疑問3:日本の容量市場でも、小売電気事業者が支払った容量拠出金が容量確保契約金として発電事業者に行く仕組みになっているので、自分で手当てした新設電源の容量を0円/MWで容量市場に入札しても良いようにも思われますが、各社がそのように勝手に電源を新設してしまうと容量市場での市場価格の値崩れを起こしかねないので、これが買い手側の市場権力の行使に当たると言っているのだと理解しました。

疑問4:「競争力のある価格」の意味ですが、容量市場で勝ち残るための安い価格という意味ではなく、新規電源として採算を度外視した安い値段ではなく、実際必要な費用に基づいたうえでの競争力のある価格であるべきだということだと理解しました。

疑問6:本来の意図は、新設電源であっても、疑問3)に示したように安い価格で入札する小売電気事業者がいれば、その入札価格をあらかじめ規定した最低入札価格に置き換えるということだと思います。

疑問7:何が正しいのか自分にもよくわかりませんが、PJMマニュアルM18では、以下のようになっています。

MOPR Offer Floor Price
MOPR Floor Offer Price for any auction for the Delivery Year shall be set equal to 90% of the applicable Net Asset Class CONE for such Delivery Year.
The Net Asset Class CONE for a combustion turbine and combined cycle generator and the associated MOPR Floor Offer Prices for a Delivery Year are posted on the PJM website.
The Net Asset Class CONE shall be zero for nuclear, coal, integrated gasification combined cycle (IGCC), hydroelectric, wind, or solar facilities.

こちらも、OpenGLの翻訳結果を以下に示します。


MOPRオファーフロア価格
受渡年のオークションにおけるMOPRフロアオファー価格は、当該受渡年に適用されるネットアセットクラスCONEの90%に相当する価格とする。
内燃タービン及び複合発電機の純資産クラス CONE 及び関連する受渡年の MOPR フロアオファー価格は、PJM のウェブサイトに掲載されている。
原子力、石炭、ガス化複合発電(IGCC)、水力発電、風力発電、または太陽熱発電の設備については、正味資産クラス CONE はゼロとする。

ということで、当初のPJMのRPMでは、意識的に原子力や再エネはMOPR対象外としていたことがわかります。

疑問8:昨年12月のFERCの決定に従うならYESという結論になると思いますが、どうなのでしょうか?

疑問9:容量市場立ち上げに関与するすべての経産省やOCCTOの会議資料に目を通せてはいないので、見過ごしているかもしれませんが、少なくとも日本の容量市場制度検討に当たってMOPRに関する議論はなかったように思われます。海外の容量市場同様、今後運用が開始された後で、制度の見直しが入ると思いますので、その際MOPRに関しても検討してみる価値はあると思います。

今回は以上です。

おわり